駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

「来て」~東京・APIA40から福島・双葉へ

 

1年半ぶりのライブ

 

ライブハウス「APIA40」のブッキングに誘われ、1年半ぶりにライブを行うこととなった。

 

お客さんに「来て」ほしいなと思った。

 

仕事を休んで作品を作りこみ、毎晩スタジオを予約して稽古し、初見の方でも伝わるような明るくわかりやすい作品を組み、歌詞カードにもなるライブ来場者特典の冊子を製作した。詩の暗記が本当に大変だったけど、カンペなど観ずに暗記を頑張って、ちゃんと暗記をこなせた手抜きのないライブ。

 

「来て」

「来て」

 

と思ったがお客さんは殆ど来なかった。

 

ライブハウスに足を運んでいただくのって、なんて難しいのだろう・・・。

 

ライブ活動もうやめようーと涙ながらに帰宅する途上、脳室のなかで「来て」「来て」と囁き往復する巨大な文字があった。

 

それは、駅でみた明朝の文字、あの「来て」だ。

 

 

 

 

そう、福島県公式による「来て。」ポスターの文字。少し前は、都内の駅にもいっぱい貼ってあったポスター。その「来て」の声を、わたしはビンビンと受けてしまったのだ。

 

・・・「行く」か!

 

 

 

今回のライブのために、新作「いわき2019」という作品を制作した。それは、2019年に上野から仙台まで常磐線のみを用いて移動した時のことを書いたが、その頃、富岡ー浪江間は代行バス区間であったので、代行バスから見えた風景を、Bachのトッカータとフーガを原曲に用いた音にのせて歌う作品だった・・・。

 

そういえば、「たびぽえ」という雑誌で「浪江の駅のバス乗り場」という短詩を掲載していただいたこともあった。代行バスを降りて常磐線にまた乗り換えた、曇り空の浪江駅。波打つタクシー乗り場の屋根のこと。掲載されてうれしかったな・・・

 

・・・と、わたしはそんなふうに、2019年にただ一度通り過ぎただけの街を、作品にしたり、情報として消費したりして、自分ひとりでいい気分になっていたのだが、日常のなかではしばしばそれらの地のことを忘れ去り、浪江や富岡に思いを寄せているようでもそれから足を運ぶことはなかった。

 

>2020年3月14日、常磐線全線開通。代行バスは役目を終えた。

 

そのくらいのことしか 知らなかった。

 

あの震災の日からずっと、富岡ー浪江の間の街や、そこから北西にのびた地域は帰還困難区域であり続けた。その長さ、重さ、大変さを思う。そして、近年、少しずつ「特定復興再生拠点区域」を定め、街に人が戻ってきつつあるときく・・・主に、会社などが、少しずつ・・・。

 

調べてみた。

 

福島復興再生特別措置法の改正(H29.5)により、将来にわたって居住を制限するとされてきた帰還困難区域内に、避難指示を解除し、居住を可能とする「特定復興再生拠点区域」を定めることが可能となった。

復興庁 | 特定復興再生拠点区域復興再生計画

 

 

避難指示区域の概念図(令和3年3月31日時点)

(避難指示区域の状況 - ふくしま復興ステーション - 福島県ホームページより)

 

 

だが、こうしてウェブサイトの情報だけでは、実際の様子はわからない。

 

「来て」

「来て」

 

と、福島県がそういうのなら、足を運ぼうじゃないか。

 

 

富岡にいきなり宿泊予約

 

今回のライブでも7作品中3作品に「常磐線」という言葉が含まれており、漢字で書けば「盤」ではなく「磐」であるということ、漢字のそこは「皿」ではなく「石」なのだと初めて知りながら、常磐線を作品にしがちな自分、どんだけ常磐線が好きなんだと思いますが、品川から乗れる常磐線「ひたち号」に乗って富岡―浪江をめぐる予定をたてた。

 

いきなり楽天トラベルで予約できるのかな・・・あ、できた。

GWだったがそんなにお客さんが押し寄せるような場所ではないのだな・・・とわかった。

泊まったのは富岡駅から徒歩5分くらいの、丘の上にあるホテル。仕事を終えて、品川で「ひたち号」に乗り換え、「え、上野から水戸までノンストップなの!?」などと驚きながら、常磐線はすいすいと静かに北上する、海に沿って。

 

ところで、今回のライブでも歌った「ダイヤモンドヘッド茨城」というカバー曲は2019年に茨城の高齢者施設にて慰問ライブさせていただいたときの書きおろしである。

歌詞は「とりで ふじしろ さぬき うしく」、今回もその歌詞で唄ったが、「佐貫駅」はいま、「龍ヶ崎市駅」になっていたことを知った・・・。

 

りゅうがさきし・・・う、歌に乗りにくいな・・・。

 

電車に酔いやすいほうだが、常磐線特急なら本を読んでも大丈夫かなと思い、父の遺品の本のなかから、なぜか勢いで「流れる星は生きている藤原てい)」をもってゆき、時間があれば読んでいた。

満州引き揚げ者の父の遺品には、藤原ていさんの本がたくさんあり、いつか読みたいと思っていたので、良い機会であった。

 

 

私は貨車に乗ったとたんに頭がくらくらッとした。馬糞がうず高く積もった貨車の中は嘔気を催すような臭気が充満していて、その中にぎっしり閉じ込められた人いきれのために息が何度でもつまりそうになった。発車してから雨になった。

藤原てい流れる星は生きている」p185)

 

いわき駅で特急を降り、普通列車に乗り換え、さらに北へ。

自分の作品「いわき2019」と同じ乗り換えパターンを経て、富岡駅に到着したのは20時すぎだった。

歩いている人がいない、駅員もいない、誰もいない駅前。

 

夜の向こうに波がある。

海のそばにある富岡駅。

津波被害のあった駅舎が新しくなって、何もかも、ピカピカと新しい。

本当に海のそばの駅で、ホームから見える海の風景がミニマムな造形美で、風のそよぎも、とても美しい。

そよ、と届く風が、縮毛矯正したてのわたしの白髪を梳いてゆく。

5月の夜風はとても気持ち良い。

駅からの道は暗く、迷ってしまったが、なんとかたどり着いた丘のホテル。GWの土曜日なのに、いきなり宿泊できるほどすいていたホテルも、丁寧なおもてなしをしてくれ、素泊まりで快適に過ごせるお部屋だった。

 

徒歩5分くらいのところにローソンがあるとのことで、闇のなか、国道6号を右折し、食料品を買い込む。このローソンも9時で閉まるそうで・・・21時を過ぎると、本当に静かな闇がこの一帯に訪れるのだろう。

リーリー、じーじー、しゃかしゃか、虫の声が響く。

 

パソコンを持って行っていたので、夜中の0時に英会話を予約し、日曜日のぶんを消化。


・・・I'm on a trip to an area which had been damaged by the earthquake, tsunami, and the accident of Atomic Power Plant in 2011・・・・

 

・・・などと用意した英語は、結局、使わなかった。

 

そして、ベッド際のソケットでスマホの充電をしながら、ふかふかのベッドで就寝。よく眠れた。

 

早朝覚醒の朝、ホテルを出て駅の方に向かい、海を観にゆく。

 

駅員さん、おはよう。

 

写真には写っていませんがすぐ右手が海です。

 

今日も朝のたよりが訪れた駅で、朝陽に向かえば、ああ、まぶしい!

 

銀紙をいちめんに広げたように反射する朝陽、打ち寄せる波の穏やかなリズム。

 

 

この向こうから恐ろしい津波が押し寄せてきたなんて、信じられない。

だが、自然はそんな一面も持っている。そして人間も自然の一部なのだ。

人間も海の一部であり、海も人間の一部である。わたしはいつもつながっている。水温が上がってゆく。低い血圧が上昇を始める。

 

さあ、どこを、めぐろうか。

 

 

とみおかアーカイブミュージアム

 

 

 

旅の予定はこんな感じ・・・(適当な地図です)。

 

 

軽い食事のあと、富岡から徒歩で北上し、国道6号をテクテク歩いて「とみおかアーカイブミュージアム」まで向かう。

 

 

まだ朝の8時台というのに眩しい日差しにクラクラし、日陰を求めて途中で立ち寄ったこの池が、とても良かった。

 

ホーホケキョ

ホーホケキョ・・・

 

・・・なんて声は、都内では駅のトイレから効果音として聴こえてくるだけだが、ここでは本物のホーホケキョがかなり頻回に鳴り響く、人間は誰も聴いていないコンサートをしている、愛する仲間に届けるための声が、透明な楽譜を伴って澄んだ音域で空にほどかれる・・・。

チュンチュン、ざいざい、クエクエ、コエコエ。

そんな自然の織りなす音たちが、日差しのレース糸とともに惜しげなく降り注いでくる。

ときおり車のエンジン音も混ざる。

道路を歩いている人は誰もいない。

 

鳥も 虫も 木々もみな 震災のときは大変だったよね・・・いや、動物はそんな長寿じゃないか・・・。

 

虫たちは原子力災害のことなど、理解することはない、ということも、ない、のかもしれない。

 

私たちは互いにはげまし、どなりあいながら焼けつける道を登っていった。朝から私の周囲をぶんぶん蠅が飛び廻っている。平壌からついて来た蠅に違いない。咲子は背中でひっきりなしに下痢をしている、それを私はかまってやれない。きたないものは私の背中を通し、半ズボンの下まで流れ落ちる。蠅はこの臭気を追ってくるのに相違ない。(藤原てい流れる星は生きている」p220)

 

時間もあったので、この草原で録音をしたり、録画をしたりしつつ、富岡駅から40分ほどで「とみおかアーカイブミュージアム」に到着。向かいの学びの森で顔を洗ったりしながら9時の開館を待つ。

 

 

「とみおかアーカイブミュージアム」は被災ばかりではない富岡の歴史が丁寧に展示してあったが、やはり震災のパートに入ると緊張感が高まる。

富岡駅の被災に関する記述と、殉職した警察官の乗っていたパトカーが、災害の激しさを物語る。

 

 

ミュージアムのパンフレットには、東日本大震災の影響で生じた原発事故は、富岡町で暮らすという「あたりまえの日常」を、突然奪いました」「ご自身がお住まいの地域で、「富岡のような複合災害が起きたら」どうなるか、を想像してみてください」とあった。

 

今回、あちこちで「複合災害」という言葉を見た。

これまでにない要素の加わった複合災害。

もしも自分の街だったら・・・混乱と、悲しみと、怒りと、不安と・・・いろいろな感情が湧いてきそうだが、きっと想像ができない、想像を超えるようなものなのだろう・・・。

 

 

さて、10時10分に「夜の森駅」を出る常磐線に乗らなくてはならない。

それを逃せば、しばらく常磐線の電車は来ない。

 

徒歩40分あれば間に合うだろうとアーカイブミュージアムを早めに出て、グーグルマップと向かい合いつつ、短足でのろのろと歩いていたが・・・歩く道はだだっ広い一面の農地という感じで、5分歩いても10分歩いても風景が変わらず、駅は近づかない。

地図をみたときの距離感が都会とは違うのだ。ここでは駅は果てしなく遠いのだ。新緑のあざやかな生命感に押され、日差しが照り付けるなか、のどが渇いたがそれを補給するすべもなく、走り続ける体力もなく、もう電車はあきらめだ・・・と思ったときに駅がみえ、結果的にはギリギリ列車に間に合った。

 

はぁはぁ。

 

災害前はツツジや桜など花が美しい駅だったということで、少しずつ桜のイメージをもとに戻そうと試みているようであった。

駅の壁面のつつじが綺麗だった。

 

それにしても、夜の森、とても夢想的な駅名。

最寄りの駅は、夜の森です、って、いちど言ってみたい。

 

ほどなく浪江駅に到着。常磐線は便利だなあ・・・。

 

震災遺構 浪江町請戸小学校

 

 

浪江からは「震災遺構 浪江町立請戸小学校」に行く。

タクシーが1台だけ駅前に止まっており、「予約待ちだけど片道だけならいいですよ」と、乗せていただく。

 

親切な運転手さんだった。

 

<ほら、あそこの木は津波の塩害で枯れてしまったのです、この町は人は住めないことになりました。双葉駅周辺も、まだ人は住めないけれど、会社とかは少しずつ出来てきたところです、そうそう、ここは神社だった、このあたりは家がずらっと並んでいたんです、よく見ると家の基礎みたいなものが見えるでしょう・・・>

 

などと説明してくれた。

 

わたしには、平和でおだやかな広い平原にみえる。

かつてにぎわった住宅の面影を観ようとするが、背の高いススキが揺れている穏やかな平原が広がっているだけだった。ここに住むのは良いだろうなと思った。海のそばは内地ほど寒くならないだろう・・・気候もよく、広々として食べ物もおいしそうで、良いところだ・・・ここを去らねばならなかったすべての住民の、言葉にできぬ寂しさを思った。

 

生徒が近くの山へ奇跡的に全員避難できた(しかし校舎は津波被害で壊された)請戸小学校。

 

2階のバルコニー、青い看板が、「ここまで津波が来ました」というしるしである。

どれだけ大きな津波だったのか・・・。

 

 

今回、富岡ー浪江の旅をして思ったのは、まったく観光地化していないということだった。

観光客はほとんどいない。ただ、静かに、あの震災は何だったのかと、残された品々を大事にし、震災の風化を防ぐために展示をしているという感じである。

 

津波の被害の激しさそのままに展示されている教室。

 

当時、請戸小学校にいた生徒たちの現在の様子も作文展示されていたが、「現在は愛知にいます」「今は山形にいます」「埼玉にいます・・」など、居住地がバラバラになってしまったのだと知る。

 

それでも、その生徒たちにとっては、こうして痛々しい姿であっても残っている校舎や海が精神のよりどころ、ふるさとなのだろう。

 

 

さて、ここからどうするか。

浪江駅までは5kmくらいあるらしく、徒歩は難しい。

もちろん電話でタクシーを呼べばいいのだが、さっき乗ったタクシーの運転手さんによると、双葉・富岡方面に歩いて2kmくらいのところに「双葉町産業交流センター」という場所があるらしいので、そちらに向かうことにした。

 

「南のほうに、福島第一原発が少し見えるかもしれません。」

 

そうも教えてくれた。

 

 

しかし、直射日光のもと、乾いた大地を歩くとき、原発事故のことを考える余裕はなかった。歩きやすい靴で来たつもりだが、重い荷物を抱えての移動で、だいぶ疲れてきた。水分不足で汗も出ない。

 

 

ふと気づいた、なぜ「流れる星は生きている」をこの旅に持ってきて読んでいたのか・・・その意味を・・・それは、徒歩の旅の疲労感を、わずかながら慰めるための「杖」になるかもしれない、そんな思いで選んだのだという気がした。

 

あの本で描かれた、子どもを3人抱えて半島を南へ下る母の足の痛み。

 

自分のことだけで重たい荷物を抱えて福島第一原発へと向かう自分の、まだまだ綺麗な靴下と、足の痛み。

 

津波に流された町は、いちめんの荒野のようにみえた。

 

しかし、かつては、誰かの家と、産業と、小学生の笑い声が。

 

・・・塩害の腕 荒野の痩せ木「来て」福島へ・・・

 

 

双葉町産業交流センターまでの道は長い。

心を無にして歩いてたが、なんと途中で「立ち入り禁止」の看板が・・・。

 

たぶんここを突っ切って行っても問題なく到着できそうに思ったが「・・・最近、マイナンバー作ったしなぁ・・・」などと考え、戻った自分がいた。

 

いいんだ。

いいんだ。

流れる星は生きている

いつかはどこかにたどり着く。

 

気持ちを立て直し、どこまでも平らな道を戻り、グーグルマップの通りに川をみつけ、新しく整備された橋を渡ると、遠くに産業交流センターらしきものがみえてきた。

周辺にあまりに何もないので、遠くにあっても、すぐにわかるのだ。

 

2つの立派な建物に、なんとか到着。

 

 

双葉町産業交流センター」と「東日本大震災原子力災害伝承館」は隣どうしである。

 

ひとまず、「産業交流センター」にて、一休み。とても立派で新しい建物に、フードコートやお土産もの屋さんがあった。会議室などもあるようである。

 

人の住まない街に、先進的なコングレス施設があるなんて、不思議な感じ。

 

生き返る・・・。

 

そして、どうやらここでは「レンタルサイクル」があるらしいと知った。

それは、とても有用な情報だ・・・それなら自転車で双葉駅まで行けるかもしれない。

 

その前に、時間もあったので、隣にある「原子力災害伝承館」にも行った。

 

 

原子力災害を中心とした展示や語り部講話を通じて、震災の記録と記憶を教訓として防災・減災に役立てる。」とパンフレットにはある。

 

今振り返っても、この建物のなかにあった展示は・・・確かに事故に関する情報なのだが、なにか自分には消化できないものがあった。自分事として考えるための資料を提供してくれているのだろうと思うが・・・自分に予備知識が足りないため、消化できていない・・・。

 

印象として、原子力発電所がこの町を潤し、この町の発展をささえてきたことがわかった。原発とともにあったのだと感じた。円形ホールのある建物がとても美しかった。

 

そして、事故当時 ネットでよく非難された

  「原子力 明るい未来のエネルギー」

の看板が 裏に飾ってあった。

 

負の遺産として飾ってあるとのことだが、原子力とともに歩んだ街の、原子力に対する捨てがたい思いを感じたりした。

あらゆる過去を口腔内にふくみながら言葉少なに自動草刈り機がかわいらしく仕事をしている。

 

5分間の動画のあと、館内をめぐる。

やはり印象に残るのは、常磐線の全線開通。

駅員たちが持っている垂れ幕の「おかえり常磐線」の文字。

 

うっかり泣きそうになるじゃないか・・・。

 

それから、テレビでよく流れていた、水素爆発の風景が模型になっていた。

 

この「原子力災害伝承館」は、建物も、窓からみえる草原も、ほんとうに、ただ、綺麗だった。そして、観光客はほとんどいなかった。

 

 

レンタルサイクルで双葉駅へ

 

 

隣の「産業交流センター」に戻り、自転車を借りる。

なんと、実質無料・・・100円を入れて鍵を開けるだけ。100円はあとで返却されるようだ。

 

いわゆるママチャリ。

不慣れなサドルとハンドルさばきに苦労しながら、サイクルポートのある双葉駅まで、重いペダルを踏み、向かう。

 

日差しがあいかわらずまぶしく、すいぶん日焼けしてしまった。

車は通るが通行人はいない。

産業交流センターで買ったお土産の袋をハンドルにぶら下げながら、ゆっくりギコギコと西へ。

 

 

 

・・・なんとなくここ周辺は立ち入り禁止なのではないかと思わないでもなかったが、でも駅前で自転車の貸し出しをしているし、いきなり街アートが登場したり、一方で壊れそうな店舗や家があったり、立派な建物が建造中だったり、帰還困難地区でもあったり、電車は走って車も走っていたり、産業交流センターではお土産も売っていたり・・・

 

いまだにそこでの身の処し方がよくわからない双葉駅周辺であった。

 

この春の読売新聞の記事によれば

 

東京電力福島第一原発事故が起きた福島県では今春、帰還困難区域に設けられた「特定復興再生拠点区域(復興拠点)」で避難指示の解除が始まる見通しだ。唯一全町避難が続く双葉町では、早ければ6月に住民の帰還が実現する。

唯一全町避難続く双葉町、6月にも帰還実現…避難先と行き来する2地域居住も推進 : ニュース : 東日本大震災 : 読売新聞オンライン

 

とのことで、今まさに変化のときを迎えているのかもしれない。

 

誰も歩かない駅前の「ふたば、ふたたび☆」の文字がやけに明るかった。

 

様々な人がさまざまな立場で、双葉のことを考え、動いているのだろう。そのメッセージは、けして単純なものではない。

 

双葉駅周辺に立ち寄る人へのメッセージもあり、今はこんな状況なのかと参考になった。

 

前述のように、双葉駅と産業交流センターの2か所にサイクルポートがある。

ここで自転車を置いて帰りの電車に乗る予定であったが、少し時間もあったので、双葉駅周辺を自転車で巡ってみた。

 

 

衝撃を受けた。

 

本当に11年前のままの建物が多いのだ。

 

つぶれたまま資生堂の看板だけが残るお店。

倒れたままのお寺の門。

屋根瓦がまばらに落ちた大きなお屋敷。

そこには、あの日のままに残されて、時間の流れに風化してゆく建物たちが、あった。

 

残した家のことが気になっても、立ち入りが出来ないなんて、住むことができないなんて・・・・ありえない事態だとわかった・・・それは、どれほどの苦悩であるだろう・・・その事態のすさまじさを実感し、「複合災害」という言葉の重みを、初めて感じたような気がした・・・。

 

・・・ああ、すごい、すごい災害だったのだ。

 

今頃やっと 気づくなんて。

 

 

「お母さん 僕のをお母さんに上げるよ、お母さんお腹すいておっぱいが出ないでしょう」

 今までじっと見ていた正弘が突然こういって、まだ半分食べ残して歯の跡がついているお芋を私に差し出した。私は正弘が本気でそう言ってくれるのをその眼ではっきり受け取ると、胸をついて出る悲しさにわっと声をあげて泣き伏してしまった。

 七歳になったばかりのこの子が自分が飢えていながらも母の身を案じてくれるせつなさと嬉しさに私は声をたてて泣いた。

藤原てい流れる星は生きている」p103)

 

そのとき「良い客になる」という考えが浮かんだ。

 

良い客になる。

 

それはライブハウスでも、カフェでも、いいのだ。

友人でも、仲間でも、福祉の会でも、いいのだ。

 

「来て」

 

という声があり、自分がそうしたいのであればそれにこたえ、お金を使い、よい言葉を伝える、そんな、良い客になる。それが、もはや若くもない自分に出来ることではないか・・・。

 

そして、今日は福島の、双葉の良い客になろう。

 

というわけで、やたらと買った、土産物。

 

 

袋いっぱいのお土産をガサガサ言わせながら立ち寄った双葉駅の駅舎には「休憩スペース」があり、2名の職員さんがいた。

 

トイレにでも行こうとわたしがふとそこに立ち寄ると「いらっしゃいませ。わあー、たくさん買い物してくれたんですね。ありがとうございます。コーヒーいかがですか?」と親切に声をかけてくれた。

 

紙コップのインスタントコーヒーを作っていただきながら、ぐるりと周囲を眺める。

 

これまでのこと、これからの予定、などが掲示されている。それに加え、これから未来に向けての願いを書いて貼り付けるピンクの付箋と、その付箋で出来た桜の付箋アートがあった。

どうぞ書いてください、とばかりに、ペンが何本か置いてある。

 

わたしはその付箋に、こう書いた。

 

「来て というから 来た。」

 

そして桜の幹が描かれたガラスに、ぺたりと貼り付けた。

 

「双葉サイコー!」「双葉駅好きです」「また来るね双葉」などの文字が書かれた付箋の間に、それは静かに埋もれて、遠目に桜の姿を形作っていた。

 

希望が必要なのだ。

そして、希望のためには、ひとの存在が必要なのだ。

 

復興に向けて、設備を作り、お客をもてなすための人を配置するが、住民もおらず、観光地でもないので客もいない。この雰囲気を描く言葉を知らない。膨大な情報の海のなか、一つの言葉や方向性では語りえぬものを抱えているようだった駅前広場。アートで町おこしをしようと描かれたリアルな人物画の向こうに、消防詰所のゆがんだシャッターもみえた。

 

これは、あの日、あわてて消防救助に出るために停電で開かないシャッターを人力であけたのだと、ネットには情報があった。あれから、ずっと、そのままだったのだ。

 

次に来るときには また違う風景になっているだろうか。

 

「ふたば・ふたたび☆」と、つとめて明るくふるまう双葉駅の周囲ではあちらこちらで建物の建設や工事が始まっていた。

 

そろそろ帰る時間となった。

 

この町で受けた、静かな親切の数々、紫外線の数々、何もないことが美しいと感じさせる風景、苦しいことの想像と追憶、ホーホケキョの森と、背の高いススキの群舞、よく減った靴底、あちこちで貰って来たマップやパンフレットなど、ローソンで買い込んだけどドレッシングがなくて食べられなかったサラダなど、さまざまなものを荷物に詰め込み、鞄のファスナーを閉める。

 

双葉駅のタッチパネルにPASMOを「ぴっ」とかざし、ひとまずこの旅はさようなら。

 

 

線量計は0.078マイクロシーベルト。その意味すら正確には分からず、去る双葉。

 

わたしの乗った常磐線は南へ進み、さらば富岡駅。ひたむきに働く重機たちとも、ひとまずお別れだ。

 

運転士と車掌が前と後ろにいる。

常磐線に乗るというのは、常磐線を信じるということだ。

そうだ、ひとを信じよう。

災害にあってもなお、前向きに行動を起こせる人間の英知を。

自分自身のもつ可能性を、自分のなかにある、ひとを支えることのできるパワーを信じよう。

そして、足を運ぼう。

文字だけの情報で何かをわかったような気になるのはやめて、足を運ぼう。

そして良い客になろう。

ひとに会おう。

ゆっくり足を運んで、ゆっくりと生きよう。

 

常磐線は海とともにある。

海とわたしは常磐線でひとつになり、規則正しいリズムを刻む。

そのとき海とわたしと常磐線は、うまく調和し、生きている。

自然はときに過酷だが、天の教えに従って、ダイヤのとおりに今日も駆け抜ける鉄道。

月の教えに従いながら、微妙に上下するわたしの血圧。

 

生きていたことを忘れられてしまう生き物があったとしてもそれは確かに生きていた。

どんな生命にもそこに希望の星があったことを

願う。

 

 わたしの胸に生きている

 あなたの行った北の空

 ご覧なさいね 今晩も

 泣いて送ったあの空に

 流れる星は生きている

 

 私はこの歌を覚えてから、無事に国へ帰りつくまで心の中で歌い続けていた。ちょっとした空虚が出来ると、口をついて出てくるものはこの悲しい歌であった。私だけではなかった。私たちの団体が最後まで歌いつづけた歌がまたこれであった。

藤原てい流れる星は生きている」p65~66)

 

寄せて帰す波もまた、生きている。

わたしもなんとか生きている。

お腹すいた。

帰りの「ひたち号」ではやけに甘いものが恋しくなって、おみやげにと買ったマカロンをあけてバリバリ食べた・・・どっちにしても、パステルカラーのマカロンは、自転車の荷台でガタゴト揺らされ、ボロボロの状態だったのだ。色とりどりの砂糖の粉になってしまっていたが、生き返る甘味だった。

 

福島や茨城から都内へ向かう、少し寂しい心持ちになる。だがわたしにはまだ都内での仕事が待っている。

 

ただいま東京。

 

おお、そういえばライブ頑張ったんだったな・・・。

 

この、383腕章も手作りで・・・やけに頑張ったライブのあと・・・「来て」という声に従って行ったんだった、福島へ。

 

福島との約束、ほんの少し、守れた、かしら?

 

 

それからのこと

 

 

・・・そして家に戻ったら、友人AがわたしのAPIAライブのアーカイブグループラインでみんなにお知らせしてくれていた。

 

 

 

そして、過分な紹介文も・・・(許可を得て掲載)。

 

 

 

・・・「電車は媒体であり」・・・

 

・・・えっ そうだったのか・・・。

 

・・・と作者自身が気づかされるコメント、ありがたい・・・。

 

いつも洞察と文才の素晴らしい友人なのだ。

そして、それをグループラインで知り、観て下さった方から、ちらほらラインが届く。

みんな気を使って「旦那と観たけど旦那が気に入ってたよ」「中毒性ありやな」などと書いて下さり、社交辞令とは知りつつも、ありがたい。今までにない観客が、観て下さったことが、うれしかった。

 

・・・仕事を休んで作品を作りこみ、毎晩スタジオを予約して稽古し、初見の方でも伝わるような明るくわかりやすい作品を組み、歌詞カードにもなるライブ来場者特典の冊子を製作し、詩の暗記が本当に大変だったけど、カンペなど観ずに暗記を頑張って、ちゃんと暗記をこなせた手抜きのないライブ。お客さんの少なさに嘆いていたけれど、こんなところに観てくださったお客さんがいたとは・・・その頑張りが報われるとは・・・。

 

手抜きしないで本当によかった。

 

また、わたしとは面識のない方からの投げ銭と、当日は観られないけれどあとから観るためにひとまず投げ銭してくださった方がいたことを、あとで、知った。

 

ライブへのフィードバックに心から感謝します。

本当にありがとうございました。

 

日頃、質の高い配信を行っているアピアだからこそ、皆様に観ていただけて投げ銭もいただけたのだなとアピアに感謝し、その旨、店長にメールしました。

重たいカメラかついで頑張っている撮影隊の励みになればいいな、と・・・。

 

わたしの出演したアーカイブはもうないですけど、こちらのリンクのAPIA40のチャンネルでは今日もライブが行われています。

 

www.youtube.com

 

良い客になろう。

今度は、わたしが。

 

 

それから数日が経過し、ライブの感想の流れで友人Aとカフェへ行くことになった。

ライブがきっかけになって久しぶりに会え、たくさんおしゃべりして、楽しかった。

 

 

創作の支えになってくれる友人の有難みを実感する。

わたしもそんな人になりたい。ならねば。

足を運ぼう。

ひとに会おう。

お金を使おう。

「良いお客になろう!」

 

というわけで朝からおいしいものをモグモグ、完食。

みんなありがとう~。

 

 

 

 

 

 

松岡宮からのお知らせ

 

1)「東京フリマ日記」在庫わずかとなりました。

 

 

中野ブロードウェイタコシェさんから「東京フリマ日記が完売し、問い合わせもあるので、10部補充お願いします」と嬉しいメールをいただきました。

 

しかしもともと50部しか作っていないので、10部補充すると、手元には4冊程度しか残りません・・・。

 

1年で売りきって、本は作らず、あとはPDF販売にするか?とも思っています。

 

依頼された10部はすでに納品ずみです。

現物を読んでみたい方はタコシェさんか、模索舎さんか、以下のみやさんBASEにどうぞ・・・。

 

383.thebase.in

 

2)ディスクユニオンで「Limited Express 383」の販売がはじまります。

 

わたしの代表作アルバム「Limited Express 383」は2014年6月6日リリースなのですが、このたびディスクユニオンさんであらためて2022年6月6日に販売開始してくださることになりました。

 

過分なご紹介のウェブサイトまで、作っていただいて・・・なんとありがたい・・・。

よかったら以下リンク、クリックしてみてくださいませ。

 

https://diskunion.net/jp/ct/detail/DS1122-127

 

 

 

応援して下さってる方はすでにお持ちかと思いますが、まだの方はディスクユニオンさんでもお求めになれます。

 

あるいは前述タコシェさん、新宿PePe島村楽器さん、もしくはみやさんBASEでも通販しています。

 

そういえばCandyRecorderというレーベルだったなあと思い出しました・・・このアルバムだけ自分のレーベルではないので、同じレーベルのCDを見ても、そうそうたる音源で・・・わたしのがいちばんイロモノという感じですが、本当に良い作品集ですので、多くの方の耳に届くことを祈りたいと思います。

 

(ちなみに、これ以外の音源は車掌レーベル・・・わたしが適当に名付けた。)

 

 

楽しみな共作の予定もいくつかあり、これからも詩と音楽を製作してゆきます。

 

これからもどうぞ松岡宮をよろしくお願いいたします。

 

 

いわき2019
(作詞 松岡宮 原曲 J.S. Bach 編曲 松岡宮)

 

 

2019年秋 

上野から仙台まで常磐線で向かう

いわき駅で富岡行きの列車に乗り換え 

もうすぐ終点 富岡駅だ

 

  (ざわめきの音 列車のアナウンス)

 

いわき 2019 

 

いわき 2019

 

点字ブロックのあざやかな黄色 富岡駅から見えたものは 

海だ

階段を上って跨線橋の窓から見えたものも 

海だ

工事中の黄色と黒の踏切のバーの向こうに見えたものも 

海だ 

海だ 

海だ

開通を待つ踏切を背に 

わたしは代行バス乗り場へ向かう

 

ウィンカーを鳴らしながら青信号で右へ曲がり 

途切れてしまった常磐線を結びなおして走ってる

浜通りを 代行バスは 

そして浪江まで

 

背筋を伸ばして両手を広げた送電塔の群れが 

荒野の果てまで連なりながら海へと続いている

浜通りを 代行バスは 

そして浪江まで

 

いわき2019 

 

いわき2019

 

「バス車内での写真撮影はご遠慮ください」

それからシートベルトを締めるように添乗員はいった

青信号を右折したバスは浜通りを北上する

細い川を渡る

黒と黄色に塗られたバーのむこうに重機の群れがみえる

誰もいないドラッグストア 

誰もいないホームセンター 

誰もいないガソリンスタンド

バスがまた 川を渡る

 

透明なサーファーが並んで走ってる

ようこそ福島へ と 笑顔で手を振って

浜通りを 代行バスは 

そして浪江まで

 

透明なランナーが並んで走ってる

ほどけてしまった靴の紐を結びなおして走ってる

浜通りを 代行バスは 

そして浪江まで

 

透明な常磐線が並んで走ってる

透明なひたち号が並んで走ってる

夜の森駅 大野 双葉 そして浪江まで

 

透明な常磐線が並んで走ってる
透明なひたち号も並んで走ってる
夜の森駅 大野 双葉 そして浪江まで
 
いわき2019 
 
いわき2019
 
 
2020年3月14日、常磐線全線開通。代行バスは役目を終えた。
 

 

 

ボーカルブースは素晴らしい。

あけて5日、こどもの日。

碑文谷APIA40にて、1年半ぶりのライブです。

 

ご来場も可能ですし、アピア公式Youtubeチャンネルにて中継(投げ銭)されます。

 

これ以降のライブはそんなにすぐには出来ないと思いますので、

関心ある方はぜひみてやってください~。

 

ー-------------------------

 

(目黒通りの巨大な「イオンスタイル碑文谷」の向かい、ちょっと入ったところです)

 

イベント名『手の鳴る方へ』

場所 APIA40(東急東横線学芸大学」徒歩9分)

開場18:30 / 開演19:00  

Music charge¥2000+order

 

出演(この順):

早川理史(vo,g)

プレジー3吉(vo,g)

松岡宮(poet)

小林薫(vo,g)

 

松岡は20時ごろです。たぶん・・・。

 

ライブ配信

配信時間19:00~ 

APIA40オフィシャルYouTubeチャンネル

料金:ドネーション投げ銭)一口1000円~ 

以下リンクより

 

t.livepocket.jp

 

お待ちしています!!

 

 

突然、引用。

 

>医療スタッフは誰でも、「叫びの部屋」が必要です。
>(中略)スタッフが泣いたり、悪態をついたり、怒りを表すことのできる場所です。
>(このような部屋があれば)スタッフは自分の感情を発散することができ、
>病棟に戻ったときに、感情を一定の枠内にコントロールすることが、
>よりよくできるようになります。

エリザベス・キューブラー・ロス , 鈴木晶「「死ぬ瞬間」をめぐる質疑応答」

中央公論新社)より

 

 

ライブ練習で、毎日まいにち、スタジオ練習です。

 

5月2日はひどい目にあいました。

いつものようにスタジオに行く前に、自転車で図書館に行ったら・・・突然の雷雨。

バケツをひっくり返したような雨。

ぴかっ 

ゴロゴロ・・・

コワイ・・・。

自転車で傘はなく・・・。

なにより、天気予報をチェックしていなかったこと、傘を持っていなかった、それでいて遠くまで行ってしまった自分の迂闊さにガッカリしました。

スタジオ練習用の機材が濡れてはいけないので、コートを機材に着せて、自分は薄着でびしょ濡れ・・・。

 

そのときの写真です。

レンズが濡れている・・・。

まるで濡れ犬だな・・・。

 

でもこのときに思ったのです。

 

太陽はありがたいものだし、雨が降ってないなら、それはもうありがたい。

もちろんときには雨もありがたい。

空はリズムを繰り返し、命は生まれ、絶え果てる。

 

天のリズムや恵みを感じ、それに逆らわないこと、人間界の約束よりも、ときには天の定めにしたがうことが大事・・・そんなことを思ったのです。

 

 

5月3日は渋谷の路上でパフォーマンスしました。

 

でもわたしはマイクを使わないので(つながってないマイクを持つだけです)音量が小さめです。

それでも、渋谷という場所はこういう人が珍しくないようで、立ち止まる人はいませんが、ちらっと見て下さる方はいらっしゃいました。

 

よくも悪くも、あまり浮かず、馴染んでいる気がした・・・。

 

そのとき、ちょっと離れたところを、けいさつかんの群れが通り過ぎました。

どきっとしましたが・・・あっさりスルー・・・

存在感が無さ過ぎか。

15分ほど歌いあげ、渋谷から歩いて行けるということで予約した、ノアスタジオ池尻大橋まで、歩いてゆきました・・・

 

246ぞいに歩くのよね・・・知ってるわ・・・

知ってる道だわ・・・

池尻までの道は・・・釣具店が多いのね・・・

 

などと思いつつ歩いてゆきましたが

 

カンのよい方はお気づきと思いますが

逆方向でした!!

 

あほだ・・・

自分は・・・あほだ。

 

あわててヒカリエに戻り、けっきょく田園都市線で行きました。

 

そして電車でスタジオに到着したところ・・・

 

予約は実は1時間後だったことがわかった。

 

さらに 輪をかけて あほだ・・・。

 

しかし受付の方がとても良い方で、「別のボーカルブースをご用意できます。ピアノもある部屋です。」とのことで、少し値段は上がりますが、ピアノつきボーカルブースに入りました。

「ピアノは弾きませんが・・・」なんて言ったのに、親切なお店の方がピアノの準備も整えてくださって・・・。

 

綺麗な部屋だ・・・。

 

 

・・・このところ蒲田のスタジオばかり行っていて、ノアスタジオは久しぶり。

 

・・・なんていいところなんだ!

 

蒲田のスタジオは安くて気軽に使えてありがたいけれど、きれいではないし、お店の方も不愛想で、親切ではない。

そして、わたしのようなボーカル練習のみだと、片付けにはさほど時間がかからないのですが、蒲田のスタジオでは終了10分前にランプが点灯して急かされます。

ノアはそういうこともなくて(個人練習は5分前点灯のよう)、それもよかったです。

 

一般化は出来ないけれど、ノアで親切にされてホロリとして、そして、こうしたスタジオ、とくにボーカルブースブースは可能性があるのではないかという気がしました。

 

1)リモートワークの仕事場として

最安は1時間あたり660円なのでオンラインで仕事するのに、良いのではないか・・・。Wi-Fiもついているし・・・まあ、机などは、ないのですが。

 

2)ピアノでいろいろする場所として

ピアノであれこれ練習するのにも、いいのではないか・・・(そのための場所だが)

 

3)発声の場として

大きな発声練習をしていると、英語発声にも良いのではないか・・・そして、「ひとりで叫べる場所」というのは、この苦しい世界を生き延びるうえで、価値があるのではないか。

 

自分はライブをやってきたので、叫ぶ習慣がありますが、それがメンタルにはよかったのかもしれません。

 

冒頭に引用しましたが、このストレス社会、「叫びの部屋」は誰にとっても必要なものです。周囲の出会う人はみな、気づかいのあるいい人ばかりで、そのぶん出せない苦しみやストレスを抱えているという気がする。

ぐちでも、なんでも、思いを話せる相手がいると、いいのだけど。

ときには、叫んで、発散する場所があればいいのに・・・。

スタジオ、ボーカルブースは、そんな部屋になりうるのではないか・・・。

 

そんなことを考えました。

 

もちろんカラオケスタジオでもいいのですが、カラオケスタジオほど刺激の多くない、まるで瞑想小屋のようなボーカルスタジオという場所を使う習慣があると、とてもよい仕事場&シェルターになってくれそうです。

 

 

そして今日、5月4日は、自由が丘のノア・ボーカルブースで練習をしました。

 

ふぁー。

ボーカルブース、好き。

やっぱり、気持ちの良い場所でした。

オケCDも持って行って、いつもと違う、ライブさながらの練習も出来ました。

 

ボーカルブースって、良い。最高。

ここでずっと仕事すれば、はかどることでしょうね。

ふぁー。

 

帰りは自由が丘のブックオフで、なぜかエルトンジョンのCDを買ってみたりしました。

(英語学習の一環?)

 

東急バスが行き交う駅前。にぎやかでしたね・・・。

でも自由が丘デパートは・・・シャッターしまってた。

 

 

自由が丘は中学受験の塾のメッカ。

パン屋さん、雑貨屋さん、おしゃれなお店のなかに立つ塾のSAPIX

その前に3人の警備員。

がんばれ中学受験!の言葉に背中を押され、GWに学ぶ、小学生たち。

 

今の社会がどのくらい自由なのか、わかりませんが、ずっと、言いたいことを言える社会でありますようにと願います。

すれ違う子どもたち大人たちがどうかみんな言いたいことを言って歌いたい歌を歌って書きたい詩を書いてのびのびと言葉を発せられますように。

 

そのために、がんばろうと思います。

 

ひゃー。

 

 

読書ログが6月終了なので鉄道の本のレビューまとめ。

今日は・・・

自転車で走っていたらいきなり雷雨に襲われ、雨宿りしながら、自分のうかつさを反省しました・・・。

天気予報を見ていれば・・・

傘を持ってくればよかったのに・・・

 

びしょ濡れになりながら、スタジオに15分遅刻で到着し、なんとか5月5日ライブの稽古をしました。

帰りは、雨が上がっているというだけで、なんか幸福だと感じました。

 

ふぅ。

風邪ひかないようにしないと・・・。

 

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読書記録を、どこに残しておこうかというのは、本好きなわたしにとっても大きな問題です。

いろいろ試して、ここ数年はこちらの「読書ログ」を使っていました。

 

サービスはいろいろありますが、非公開メモがあるのが、良い点でした、

 

が・・・

 

www.dokusho-log.com

 

この6月末でサービス終了とのこと。

残念です。

利用人数の少なそうな、まったり感が、良かったですけど・・・ねえ。

 

次なるサービスを考えているところですが、ひとまず、自分のEvernoteに、すべて手動でデータを移動させました。

 

手動で!

大変だった~!

 

もうEvernoteが読書記録でこれでいいような気もしますが・・・。

 

ちなみにEvernoteは有料版を使っています。

 

 

むかしの読書ログを手動で(←しつこい)移動させながら思ったことを挙げます。

 

1)意外に読んだことを忘れている!

 

本の内容だけでなく、「この本を読んだ」なんてことさえ忘れている自分に気づきます・・・。

自分の仕事に役立ちそうなのに・・・自分がインデックス化できていなかったのですね。

 

2)本、多すぎ。

 

世の中に、本って多すぎじゃないかと思う・・・。

どれも良い本で、読みたいし読む価値もありそうなのに、読む時間がないのがもったいない・・・。

うん、ほんとうに・・・本が多すぎると思う。

 

3)新しい本だけが読むべき本じゃない!

 

・・・どんどん魅力的な新刊情報が届き、確かに社会的なものごとは新しい方がいいのかもしれませんが、でも、年月を超えて意義のある本も多いというか、どんな本もいつ読んでもいいものです・・・。

いつの本だって価値はある!

 

4)自炊は読書記録を変えるか?

 

最近はすっかり自炊マニアになって、A3まで自炊できるマシンを買ったことから、

暇さえあれば自炊をして、クラウドに保存しています。

もちろん個人で楽しんでます。

ちなみに重たい裁断機は結局あまり使わなくなりました・・・。

 

自炊は良いです。

どう考えても、重たくて指先を切ってしまう本より、デバイスで読むほうが、読みやすくて頭に入る気がします。

 

自炊したデータがあれば、読書記録はそんなにいらないような気もしてきました。

 

読書記録・・・これからどうなることやら・・・。

 

 

そんなわけで、引っ張り出したなかから、鉄道に関する本のレビューを再掲します。

レビューを書くのは、どれも好きな本です~。

おすすめ。

 

1)鉄道大バザール

 

 

 

コロナウィルス感染拡大防止で自宅にいるので、下巻を読みました。
ベトナム戦争の傷跡と、日本の鉄道の特殊性が印象に残りました。
 
前者は
>悲劇はそもそも、われわれアメリカ人がやって来たこと、
>そして、初めから長居するつもりが
>なかったことにあった
 
という文章と、それに対比される山や谷の風景描写の美しさが見事です。
ベトナムの雨や日差しを思い、旅情をかきたてられます。
 
一方、日本の鉄道については、自分が日本人であるせいもありますが、あまり旅情を感じない章となっています。
 
45秒間しか停車時間のない日本の列車の余裕のなさ、まわりの人々の無言にふれ、
 
>無味無臭の日本の汽車に私は気落ちがし、飛行機に
>乗った時の、例の汗ばむような心理的不安を感じ出した
 
とあり、よくわかる気がします。
ほかの国の鉄道描写が、乗客たちの破天荒なふるまいであったのに対し
日本の鉄道は行儀がよく、それが旅人には重苦しく不安に感じられるのですね。
 
最終章のあたりはロンドンに戻るシベリア鉄道です。
5日間、大針葉樹林帯の同じ風景が流れて行くシベリア鉄道の乗車・・・それでもまだ旅半ばだという、この時間の流れこそ、鉄道旅の醍醐味でしょう。
 
急ぎ過ぎた日本の感覚からすれば、何日もかけて旅をする本書の体験自体、得難いものですが、自宅で外出自粛をしている今、
やることもなく読書にやっととりかかっていますが
 
そんな時間の流れと重なって感じられます。
 
感染症が問題となっている今、世界中を旅するというのは贅沢なものですが、また旅行ができる社会になりますように。

 

 

2)日本鉄道詩紀行

 

 

有名な詩人から無名の詩人まで、鉄道に関する詩の紹介本です。
 
たとえば・・・・
 
「冬と銀河ステーション/宮沢賢治
「旅吟/木山捷平
「食堂車にて/田村隆一
「見知らぬふるさと/谷川俊太郎
「鉄橋/飯島耕一
「(8月×日)放浪記より/林芙美子
「山の手線/室生犀星
 
・・など、すべてをあげるスペースはありませんが、どれも湯気の立ちそうな豊穣たる鉄道詩たちです。
 
紹介されている詩のバランスが素晴らしく、鉄道の魅力とともに、詩の魅力も感じられる素晴らしい本です。
 
 が、なによりこの本を特徴づけているのは、紹介者きむらけん氏の、なかば思いこみにも似た(?)詩の世界への入りこみかたです。
 
 わたしは鉄道員が好きなので、鉄道員が出てくる章を例にあげます。木下夕爾「晩夏」の紹介です。
 
 晩夏
 
 
 停車場のプラットホームに
 南瓜の蔓が葡いのぼる
 
 閉ざされた花の扉(と)のすきまから
 てんとう虫が外を見ている
 
 軽便車が来た
 誰も乗らない
 誰も降りない
 
 柵のそばの黍の葉っぱに
 若い切符きりがちよつと鋏を入れる
 
 
 
 この詩を読み、レビュー者のきむらさんは「草軽電鉄を想起した」と書いています。そしてきむらさんがこの詩からイメージした光景が、「長大な箱庭鉄道にわたしの思いは翔る」とばかりに、ほとんど妄想的に、しかしいきいきと以下のように描かれています。
 
 
ホハ10型の後部デッキから、車掌が顔を出す。顔ににきびのある青年だ。(中略)車掌は、陰影の濃くなった浅間山をぼんやりと眺めた。そうしているうちにふと彼は想像をした。女の寝姿だ。が、彼は首を振った。そして今度は目を閉じて懐中時計を覗きこんだ。停車時間はまだある。(中略)彼は、手に持ったパンチを二、三回、かちかちと鳴らした。それに応えるのはコオロギばかり。彼は、ちょっと小首を傾けた。そして、ホームわきに生えている黍の葉にちょんと一つ鋏を入れた。(後略)
 
 
お、おんなの寝姿?!・・・はともかく、こんなふうに、鉄道が生み出した詩の数々が、きむら氏のなかでゆたかに醸造され、また新しい鉄道の世界を生み出し、想像のレールに乗ってさらに拡がってゆくのを見せてくれるような、楽しい本でした。
 
そして、鉄道というのは、最先端の技術の結集する場であり、それゆえそこから悲しみや苦しみ、苦難も多く生まれるものですが、同時にとても人間くさいものであり、創作や文化の源でもあるのだと実感しました。

 

3)定刻発車

 

 

 

まあ~
 
ステキな車掌の手袋!!
 
そんな感じで手に取った本ですが、丁寧な記述で日本の定刻発着文化について書かれており、感銘を受けました。
 
本書にもあるように、日本の鉄道は「1分違わず」正確に運行することで知られています。それをなしとげることも、当然のように追求し続けることも、世界では稀だということです。では、そのような現象がなぜどのように起こったのか、ということを綿密に記した本です。やや古い本ですが、歴史にまつわる部分などは感銘を受けました。
 
まず、鉄道はその開始から、人々に前向きに受け入れられたこと。その背景には、近代化の礎となった土木技術の向上や市民意識の芽生えもあったということ。江戸時代から時報の管理がなされていたこと。庶民が旅をする習慣があったこと。日本の都市は人が歩ける間隔で並んでおり、1駅間の距離が短いことできめ細かい運転調整が出来たこと。このような条件が、定刻運転の元になったのではないかと述べられています。
 
1945年8月15日の終戦時にも鉄道員が当たり前のように電車を動かしていたということから、正常運転を目指す文化がいかに強いかがうかがえます。
 
印象的だったのは、日本でもっとも乗降客が多い駅・新宿で、朝8時の混雑をさばくために、「押し屋」「はぎとり部隊」「切り屋」駅員が秒単位のプロセスを行っている様子。そのどれが遅れてもならない、ぎりぎりのリズム。乗客も整列乗車などに従うことで、暗黙のうちに秒単位の管理に「息を合わせて」いるのですね。そして、新宿のような駅があり、全国の線路につながっている以上、日本のすべての列車は正確に発着しなければならないということ。それを当たり前のようにやっている鉄道文化。乗客としては世界に誇るべき、素晴らしいものだと思います。ですが、今の時代だから思うことですが、それに何やら危うさも感じなくはありません。そのギリギリのバランスに頼ってわたしたちの生活は成り立っていることが、当然と思ってはいけないのかもしれません。
 
本書でも、定刻発車を賛美するだけでなく、果たしてその先は何が待っているのかという視点を述べてあり、それが本書を深みのあるものにしています。
 
>われを顧みずに懸命に”限界”への挑戦を続け、秒単位の正確さを実現させようとする
鉄道員たちの努力には感慨深いものがある。しかし他方では
>「やはりそこまでしなければならないものなのか?」(中略)という思いは拭いきれない。
>わずか10分や20分の列車の遅れによって、新宿駅では乗客だけでなく、
>駅員も恐怖を感じるようになるのは、やはり何かがおかしい。(中略)
>日本の定時運転は、鉄道員や乗客の犠牲の下に成立してきた側面は否定できない。

 

そして、秒単位で発展してきた日本の鉄道が、これからはシステムによって強制される時間ではなく、乗客それぞれの時間というものを提供する可能性も示唆しています。現在発展を続ける「エキナカ文化」というのも、その一環といえるかもしれません。思えば自分自身も、ここ数年は途中駅で寄り道をしたり、各駅停車を選んだり、ずいぶんゆとりをもって鉄道と接するようになりました。それにより、鉄道に対し、「いつもラッシュで苦しめるもの」ではなく、「いつも運んでくれてありがとう」という、暖かな感謝の気持ちが芽生えました。
 
運転士は、運転席についたときが一番「ほっとする」といいます。お客様に望みたいことで上位を占めたのはなんと、「自殺しないでほしい」とのこと。これだけは乗客として守りたいと心に誓いました。

 

4)満州鉄道まぼろし旅行

 

 

今読んでいますが、冒頭の鉄道路線図がわかりやすくて、行ったことがないのに引き込まれています。
満州の本は、難しい印象があったのですが、サツキくんとヤヨイちゃんが、建国四年目の満州鉄道を旅するという設定が、わかりやすくて、ユーモアもあって良かったです。
ノスタルジーも礼賛も制度への批判もあってバランスが良いと感じます。
 
満州里まで到着して、爽快でした。
 
でも最後の場所はノモンハン。そしてエピローグ。
 
もっと満州のことを知らねば、知りたいと感じさせる終わり方でした

 

ー---------------

 

ひとまず、この4冊のレビューを再掲しました。

やけに詳細なレビューがあるのは、むかし自分が発行していたメルマガの記事のために書いていたレビューですね。

本のレビューするお仕事なんかもしてみたいなあ。

 

はっくしょい。

 

まいなぽいんと御苦労記

今日の写真は、受賞した大田区の歌の動画を作ったときの写真です。

 

冬の色ってあるのですね、今と違う風景・・・。

 

ちなみに動画音源はこちらです。

youtu.be

 

これをみたら、もう二度と「点」をつけたりしないでしょう!?

 

たのむぞ・・・。

 

 

先月の、デジタル庁の方の講演が自分にとってよほどインプレッシブだったようです。

 

デジタル庁のことをいろいろ言う人も多いのですが、主役は国民であり、国民としてどのようにデジタル化に貢献できるのか、あれこれと考え・・・自分もずいぶん個人情報を垂れ流して生きているものだと呆れますが・・・いろいろ考え、マイナンバーカードを取得いたしました。

 

取得の申請は、通知カードにあるQRコードから行いました。わたしなどはスマホよりもパソコンで申請したいところでしたが、スマホで申請するほうがよさそうだったので、苦労しながら申請しました。

 

マイナンバーは顔写真付きなので、申請時に自分の顔をスマホで撮るのですが、自撮りになれぬ自分の顔、表情の暗さ、顔色の悪さ、ぼさぼさの髪、すべてが最悪な写真が仕上がりました。

 

2週間ほどで申請受理通知が来て、大田区役所に「受け取り予約」をし、指定の場所に行きました。

 

www.city.ota.tokyo.jp

 

大田区は、全国で最初にマイナンバーカードセンターを作ったぞ!」

 

みたいなニュースをみたような気もしますが、その場所ではなく大田区役所の片隅のセンターでした。

 

中年の・・・区役所職員がいっぱいだ!

 

マイナンバーを取りに来る人より、職員のほうがかなり多い場所でした。

 

職員が多いので、呼ばれて処理を行うために数段階が設定されており、それぞれに座る場所や書く書類がありますが、来場する人は混んでいないのですぐに呼ばれて移動します。

 

マイナンバーの交付のブースに入ると、65歳以上と思われる男性が、マスクの向こうでモゴモゴと案内をしてくれました。

 

いかにも大田区役所職員という感じの、濃い白髪の、目が笑っていない感じの、老けた雰囲気の男性・・・こういう方をたくさん知っている。もごもご、聴き取りづらい声・・・このぼんやりした風貌の奥に、高度な社会的認知判断のセンターが座していると思われた・・・

 

するどい雰囲気のその男性が、「顔写真と照合するので、いっしゅんマスクを外してください」と言ったので、マスクを外しました。

ああ、あなたは、顔照合AIでもあったのね・・・失礼しました。

 

4桁のパスワードと、長い桁のパスワードの2種を新たに設定させられました。

そして死んだ目の中年女性が写るピンクのカードが手元に残りました。

ああ、ひどい顔をしている。

 

 

そして、なんだかよくわからぬまま、

「マイナポイントをGETせねば!」

と思ってTRYしてみました。

 

最終的にはできましたが、けっこう難儀しました。

 

難儀した最初の理由は、マイナポイントアプリが使えるスマホとそうでないスマホがあり、自分のメイン通話スマホでは使えなかったせいでした・・・京セラの、新しめのものなのだけどな・・・

もちろん、オンキヨーグランビートはNGで・・・

 

兄からもらった、シャープの予備スマホだけが使える機種でしたので、アプリをダウンロードしました。

 

でも書いてあるとおりにマイナンバーを敷いて読み取り開始しましたがなかなか読み取ってくれない・・・

 

あれこれ調べて、あまり使うことのなかったNFC機能をオンにして、アプリがやっとマイナンバーを読み取ってくれました。

 

 

ポイントがつく、というのが、よくわかってなかったのですが、

自分が使っているお金のサービスのポイントが付くようでした・・???

 

わからんが・・・

自分はau PAYにポイントを付けることにしました。

 

あれこれやって、マイナンバーの4桁のパスワードを入れたりしながら、なんとか登録できたようでした。

 

そしてわかったこと、それは、5000ポイントが「どん」とつくようなものではなく、入金をしたときに25%がポイントにつく(上限5000円)とのこと・・・

 

じゃあ、入金してみようか、と思い、クレカから5000円も、ドンと入金したら・・・1250ポイントが付くのでは・・・と思ったら・・・

 

つかない・・・

 

どうやら早すぎたよう・・・

 

翌朝、au PAYから、「マイナポイント受け付けました」という連絡が来ました・・・。

 

とほほ。とほほ。

au PAYをたくさん使わないとね・・・・。

 

 

というわけでマイナンバーデビューをクリアしました。

 

でも、その勢いでうっかり「auじぶん銀行」を申し込んでしまったのは・・・うかつだったかな・・・

 

カブコム証券にもあやうく申し込んでしまうところだった・・・・。

 

au  おそるべし。

 

 

5月5日、学芸大学駅近くの「APIA40」にてライブ出演します★わくわくトレイン。

 

配信もあります。(投げ銭制)

 

松岡の出演は、20時からじゃないかなと思います。

詳細は以下のサイトにあります。

 

 

松岡はあんまりライブをしなくなっておりますので、この機会に御覧ください。

 

 

楽器も出来ない女性が、50歳になってもソロライブ出来るなんて、ありがたいことです。

あまり自分と同じような方をみません・・・。

 

自分は、売れなかったから、続くのでは・・・とも思いました。

 

女は、若いほどすぐもてはやされ、持ち上げられ、ちやほやとされます。若い頃はそれに気づかなかった。デビューが遅かったわたしも、それなりに若い頃はちやほやとされ、「あなたをプロデュースしたい」「あなたは、ああしたらいい・こうしたらいい」「うちの店に来て」「うちのイベントに来て」と、おもに年上男性たちに言われたものです・・・しかし社交性が無いこともあり、他人のアドバイスはほとんどきかず自我を出しすぎ、若さもなくなり、多くの方が離れていったなあと思います・・・そもそも自分は至らぬ人間で、人の応援したい気持ちを逆なでするようなところがあり、結果として、この、圧倒的なまでの売れなさ・・・それでもそんな中でささやかに作品を愛し支えて下さっているお客様や仲間の存在がありがたく、わたしを継続的な活動に推し進めてくれたのかなあと思っています。

 

みなさんいつもありがとうございます。

 

フリーランスで講義やデータの仕事を行っていますが、ありがたいことに年々忙しくなり、その間に行うライブ活動は今や心理・福祉の活動ともからみあい、もはや趣味とはいえない濃度となっています。

出演依頼、コラボ依頼などは、事務所に入れるためのギャラがあればお請けしたいと思っています。でも、ギャラが無くても、ライブに来たことがあったり、音源を購入したことがあるなど、お客様であれば、お請けしたい気持ちはあります。

作品をわかちあえることは、かけがえのない素晴らしいことで、そのような相手であれば信頼できそうに思います。

 

人ではなく、作品に関心を持っていただけますように・・・すべての作家の願いです。

 

そのようなわけで、松岡と仕事したい方は、この機会にご来場してみてはと思います。

 

音源はこちらで販売しています★

 

383.thebase.in

 

人ではなく、作品に関心を持っていただけますように・・・すべての作家の願いです(二度目)。

 

これからも松岡宮の作品を、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

・・・さあ、2年ぶりの、縮毛矯正に、行くぞや。

 

えろみ

 

昼寝をしていたら となりに えろみがいた

 

えろみは可愛い女 白い肌をもつきれいな女 えろみは二次元に近い・・・FANZAのざぶとん超えて・・・アハアハ言ってる・・・

ああ、えろみ。

手を伸ばしてたら地球が一周するほど長くなる。

アハハ えろみ 喜ばせておくれ 神だ 天使だ まじすごいったら!

えろみ 白目むいて喜んでくれることでわたしをあなたを喜ばせる とろり きみ しろみ えろみ・・・おとなからちぎった肉で作られた綺麗な女性の姿に感謝をささげます

そして しばし さらば。

切り離された機関車のような、えろみ、

 

すべてのAV女優に年金を。

 

これは少し古い写真です。

 

これはいつも赴く丸子橋のたもと。

スケボーパークのように区切られた場所があり

川風を浴びながら いつも青年たちがスケボーに嵩じていたものでした・・・

そう、オリンピックで注目された競技・スケボー

上の写真でもわかりづらいですが 多くの青年がスケボーに嵩じており・・・

若さ溢れる川沿いの長方形

 

大田区もなかなか若者のためにやるなあ・・・・

 

と 思ったら

 

そこはスケボーパークではなかった。

 

 

「ここは防災船着場です。 大きな音の出る行為はご遠慮ください」

とのメッセージ

 

そしてスケボー禁止のサイン

 

多摩川のご町内をスケボーのない街にしましょう」と言わんばかりの看板

 

風が暖かくなってきたけれど もう誰もいない長方形の区画

 

この看板にがっかりして

「ゲートボール場」という看板のある砂場を ふんふん 踏んづけてきた

とさ・・・。

 

スケ坊。

 

 

最近、本業(?)とアーティスト活動がコラボしたようなご依頼がいくつかございます。ありがたい・・・。

 

わたしは中途半端な人間で、研究、福祉、心理、どれも中途半端でどっぷり入り込めなかったですけど、それゆえに知人が多く、何やかやで、いろんなオファーが来るという・・・逆説を実感しています。

 

エリートコースみたいなのを外れても大丈夫、いろいろな場所でこつこつとやってゆけば挽回?できる・・・いや、挽回というのも変だな、むしろより多い笑顔で生きてゆくことは出来ると思うのです。

50歳になっても変わらず創作活動を行えることに感謝しています。

誰かを当てにするのではなくやるのは自分なので自分を保ちつづけることが大事なのかもしれません。

 

そんなわけで5月5日に1年半ぶりのライブが、学芸大学駅の碑文谷APIA40にてあります・・・。

あと2週間をきったので、猛練習しなきゃ・・・。

 

以下のサイトからYoutube中継を見ることができますので御覧ください。

 

無料でみられますが、お店のために、よかったらドネーションもよろしくお願いします★

 

t.livepocket.jp

 

ご来場も歓迎です。

ご来場を考えている方は、よかったらご予約お願いしますね。会場は広いので、予約がなくてもOKと思いますが・・・。

ご飯がとてもおいしいカフェです。

 

そして、いつものお願いで恐縮ですが、以下BASEで販売している音源よかったら聴いてやってくださいませ~。

 

383.thebase.in

 

これからも松岡をよろしくお願いいたします。

えろみと一緒に歩いてゆきます。

 

こんな街だったか御徒町・・・

こんにちは。

 

新年度も半月が経過し、出社している人、入学した方々も、お友達できた、かしら?

かあさんはしんぱいしております。

かあさん、誰ぞ。

 

わたしも今年のお仕事、がんばっています。

日曜日も仕事があることもあり、なかなか精神的に休めないですが・・・・。

 

ある日の仕事は、文京区。

 

小さなお弁当を持って出勤しました。

 

小食なわけではなくて、朝、あまり時間がなかったことと、そのオフィスには置き菓子があり・・・

もりもりもりもり・・・

ひとり勤務になる時間もあり、チョコにおせんべい、ビスケットにクッキー、

もりもりもりもり・・・・

 

お食事代わりに、食べてしまうのです。

 

そろそろわたしがお菓子を消費する人間だって先輩にバレてるのではないだろうかと思いますが・・・

 

 にきにきにきにき二木の菓子!

 

気にしないことにします。それとも、差し入れしてもいいのかな。

 

新しい仕事場は、いろんなことが初めてで、なかなか慣れませんでしたが、数か月が経過して、だんだん 慣れてきました。

自分の事務所運営にも ノウハウなど役立ちそうです。

 

 

春日通りに古い建物があった。

周囲を大きな建物に囲まれ、いかにも儚く消えそうだ、が、根性すえて、がんばってこの地に立っている。たんぽぽの誇り。

こんな建物ばかりだったころは新しい建物が増えたらいいと思っていたが

古い建物が残り少なくなると 何か この建物が貴重なものだという気がしてしまう

 

とくに側面、みてはいけない裸の皮膚のよう、日焼けのあとの胸のよう、たぶん、もともと隣に建物があって、その建物がなくなって、どこか、寂しそう、だけど、のびのびしている、窓や壁。

 

ひとが うみだしたものは いつかは終わる。

新しいものに 置き換えられて。

 

こんな街だったか御徒町・・・

 

 

御徒町って・・・こんな街だったかな。

 

むかしむかしはよく行く街で、「多慶屋」、「ゼア」など、いまでいうドンキみたいなお店が印象に残っています。

 

あまり行かなくなってしまったけれど、その間に町が綺麗に変貌してしまった。

高いオフィスビル、トーホーシネマに パルコの文字もみえて、そういえば駅前には広い広場もあるのですよね・・・。

もともと利便性は高い御徒町

御徒町といえば上野の南にある駅、アメ横の起点。

昭和の年末はお刺身とイクラを買うのじゃ!

闇市みたいな雰囲気。

ごちゃまぜの、ごちゃごちゃ。

 

そんな古くてごちゃごちゃしたイメージが、いっきに新しい街となっていたのです。

 

・・・油断していると 利便性の高い場所の古いものはすぐ変貌しまいますね・・・

 

それにしても御徒町って難読駅名ですよね。

 

Hello.

I am from Tokyo.

I'm good/great.

 

今年度から開始したオンライン英会話も、なんとか続いています。

オンラインで英会話すると、気持ちが明るくなるのです・・・なんなんだ、このセラピー効果は・・・。

 

英会話をがんばろうという気持ちはポジティブですし、フィリピンの先生方も明るくポジティブで、やたらほめてくれます。

前向きで、あったかい雰囲気につつまれます。

そういう雰囲気に、救いを感じます。

時間とお金のかかることですが、フィリピンの前向きな先生方とお話して夜を終えるのは、英語力もそうですが精神を向上する効果もあると思うので、話し相手が欲しい方にも、おすすめですね・・・。

 

話せる言語は英語のみという不自由さが、よい・・・

 

日本語は便利すぎる・・・日本語が好きすぎる・・・わかりすぎる・・・・

ネガティブな言葉に包まれていると、自分もネガティブな言葉を吐きだすようになってしまうと思うので・・・。日本語は出来るから、言語的に便利な中にいすぎると、その微妙ないじわるや皮肉の森に包まれてしまう・・・高度に編み上げられた言葉の森の中に居ると、精神が病んでしまいそうなので・・・言葉の不自由な世界にゆきたくなった・・・

 

自分を病ませない環境に身を置くのも大事だなと感じます。

 

もちろん英語力も・・・上がると・・・いいな・・・

 

世界デビュー、するんだから!

 

 

世界デビューをふまえ、まずは新宿デビューのお知らせです。

西武新宿駅そば、新宿PePeの6階「島村楽器」に、わたしのプロレコーディングCD2枚「車掌もひとりぼっち」「Limited Express 383」を置いていただけることになりました。

 

CD店ではなく楽器店・音楽スクールなのですが、譜面などを売るあたりに小さな「アーティストCD応援コーナー」が出来ていて、販売品すべて試聴できます。

店員さんも優しかったな・・・。

 

大きな楽器店で、DTM用品もあり、ワゴンなんか見たらあやうく買ってしまいそうです。

ぜひ、PePe6階に行ってみて下さいね★

 

それではみなさま

Good night.

 

 

西早稲田の新宿区立中央図書館

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5月5日にライブさせていただきますAPIA40の、ひどい手書き地図です。

ひもんや

ひもんや。

 

東横線学芸大学駅から徒歩10分くらい・・・

目黒通りのイオンスタイル碑文谷という巨大デパートを目指してゆけばおおむね近づくと思います・・・???

 

しかし説明が雑だわ・・・。

 

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ライブは良いものですね。

声をかけていただき、たいへんありがたいです。

 

松岡はいつもほとんどお客さんいませんので・・・・

はじめましてのお方も、お気軽にどうぞです。

 

 

さて、この日は・・・

仕事で新宿に来ていたとき、仕事のことで調べたいことが生じて、カーリル東京(東京の図書館の蔵書を調べるサービス)で調べたところ、新宿区の図書館にあるというので、仕事帰りに行くことにしました。

 

中央図書館にその本はあるようでした。

 

仕事場からは、地下鉄で2駅。(東京メトロ副都心線新宿三丁目」から、「西早稲田」)

小雨の降るなか、いつもとは逆の、西早稲田に向かうために、新宿三丁目駅に向かいました。

 

前髪をくねらす、むわっとする湿気。

すごい人数がホームに滞留していました。

 

・・・駅員が謝罪する・・・・クレイジーソフトリーな声で・・・

>申し訳ございません・・・・

・・・駅員が泣きわめく それは秘密の声で・・・どこか見えない屋根裏部屋で・・・。

>くわわわわああああっ・・・

それは駅員の表に出せない声。

 

10分ほど遅れた地下鉄。

 

そのわずかな秒のスキマに通勤客は押し寄せて、押すな押すなの大盛況。

 

呼んだか?

呼んでない!

都心にラッシュが戻ってきた!

 

せめぎあいが起こっても不思議ではないほどの密着のなかで駅員は叫ぶし

警備員は押す

ものわかりのよいひとはリュックを前側に背負い黙っている シナプスの枝をやんわり折って 脳内伝達物質なんか出しませんように やけにカラフルなスマホみる 黙っている・・・

ああ、なんか思い出してきた、みずからの情をすっと縮めて小さくすることで生き延びてきた 通勤の日々のこと・・・

 

副都心線の たかが2駅が とても苦しい 苦行のように思われた・・・

 

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西早稲田駅のTubeのなか 車掌がいないことに気づかれる

 

運転士がただひとりでこの車体をひっぱるのだが、それはなかなか大変なことだ

意識の高い乗客のみなさまもどうぞ安全な運行にご協力のほどお願い申し上げます・・・

 

東京メトロだって、いいお客を選びたい。

抑制の扉を持っているような・・・いいお客を。

選ばれるお客になろう・・・

 

そんなけだるい春の雨です。

 

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西早稲田にはドンキもあって、道幅が広く、街路樹もあっていい感じだった。

 

背の高い人がいた(↓)

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早稲田大学理工学部だ。

早稲田大学はあまり縁のない大学・・・って、ちがうちがうちがう受けたわ理工学部を・・・。

下駄売ってたな・・・。

ここで学ぶ人生だったかもしれないのだ。

 

それにしても綺麗なキャンパスです。

 

そしてその理工学部のた!すぐそば、向かいにある新宿区立中央図書館が目的地でしたが・・・行ってみたところ、フロアがいくつもあって、大きかった。

 

読みたかった本もあった!

たくさんあった!

本のそろえがすごかった!

 

貸し出しはできないけれど、手塚治虫全集みたいなのがあった。

 

CDは・・・・まあ、普通だった、かな・・・

DVDが多そうにみえた。

 

時間が無くて標的の本を借りるにとどめたが、時間のあるときに探検したい・・・自宅でウェブで調べてみようかな。

 

仕事場の近くに宝島を見つけた気分で、わくわくわく・・・。

 

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帰りにどこか寄ろうと思い、タリーズもあったが早めにしまってしまうようなので、

少し歩いたところ、フレッシュネスバーガーがあった!

 

うれしい。

コーヒーとホットドッグをオーダー。

 

気持ちのよい接客に癒されつつ、仕事の残りを行う・・・。

 

電源は使わなかった・・・電源は使えないお店かもしれません。

 

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お店はとてもすいていた。

換気のために開けられたドアから、通りをゆきかう車の音が届く。

トランペットのジャズのような音楽が流れてくる。

ニューヨークのような雰囲気になりかけるが、ここは東京、アジアである・・・。

 

ぺちゃくちゃ。

 

突然、老夫婦がにぎやかに話をしながら入ってきた。

 

とくに女性のほうがよくしゃべっており、お父さん食べなさい食べなさいと旦那さんにしきりにバーガーを食べさせ、店員さんに「寒いからドアを閉めてよ」となれなれしく声をかけていた。そして食べ終わるとすぐにトレーをもって出て行った。

 

5分後くらいに「忘れ物があるかもしれない」と言いながらまた店内に入り、自分のいたテーブルのあたりをしきりに探していたが、忘れ物はそこにはなかったようである。

 

せわしない行動、人のよさそうな笑顔とあいさつ。

 

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あのせわしなさが、加齢なのかもしれない。

 

50歳になったみずからを思うと、よくわかる。

 

加齢は抑制を失わせる、いろんなことでいっぱいになり、せわしない・・・

我が身でそれを感じている。

 

冷静な判断も出来ないまま、あれも、これもと、予定を詰め込んでしまう。

そして、失敗をしたり、忘れ物をしたり、なくしものをしたりする。

扉を閉じてもいろんな情報がこの目や耳から入ってきて自分の脳内をざわざわさせてゆく。仕事をやりすぎてしまったり英会話をやったりギターをやったりしてしまう、そうじゃなきゃいけないと何かがいう、正しさを喧伝する声が芯内にとどき、身が細る。

前に進んだら戻れなくなる。

いったん緩める、後戻りする、そんな動作ができなくなる。

 

入らないほどに借りてしまった本を持ちながらたたずむ都会の国道。

 

もうすぐ死にそうな親戚のことでじゃんじゃん鳴る携帯電話、ぼんぼん届く書類。

 

・・・わたしも なんだか もう 荷物が多すぎるという気がするのだけど・・・

 

・・・もうすぐ死にそうな親戚のため 祈りをささげながら 日常のお仕事頑張ってまいります。

 

まだ生きておられるのに恐縮ですが、わたしがお骨を取りにゆかねばいけません。

5月まで親戚の命は もつでしょうか?

 

5月5日のアピア 配信&ドネーションもございます。こちらから観ることができるかな?

 

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直接、ご来場も歓迎です。Music chargeが2000円です。(+オーダー)

 

広くてテーブルのある綺麗なお店です。

お会い出来ますことを楽しみにしています。