松岡宮のブログ

詩でうた作り

花巻 銀河と小屋の旅(1)

 

東北新幹線で、小松健一さんの「啄木 賢治 北の旅」を読んでいた。

 

これから賢治の記念館などをめぐる旅だったので、賢治のことを読もうと思って持ってきたのだが、啄木のキャラが濃すぎて啄木の部分ばかり印象に残ってしまった。

 

 

「モーリオ=盛岡」

イーハトーブ=岩手の理想郷」

「ハナムキーヤ=花巻」

独特の言語感覚で語られる地名、広大な大地は未知なる地、透明な地図にピンでしるしをつける。

賢治のもつ科学への造詣。

白衣の天使への初恋。

賢治の世界観は空高く広がり続ける・・・

美しい写真も豊富に掲載され、作者の思い入れが強くて面白い本。

 

夢中で読んでいるうちに、ミントグリーンの新幹線が1時間ちょっとで新花巻に到着した。

 

仙台から北へ、県境を超えて。

花巻は仙台から意外に距離があるということを知った。

 

 

新幹線の「新花巻」駅に到着すると、11月の、しかも東北なのに、暑いくらいの日! 

暖かな日差しに守られた風景のなか、新幹線と垂直の方向に、釜石線の単線が延びていた。

のどかな農村という雰囲気だが、この雄大さが賢治の作品を生み出す源泉になったのだろうか・・・。

 

 

宮沢賢治記念館までは、新花巻から1.6キロほどの距離である。徒歩では20分ほどであるが、旅行の荷物を引っ張りながら移動するのは大変であった。

 

まぶしいほどの日差しのなか、釜石線に沿いながら、ゴロゴロと東へ向かった。

あまり刺激のない風景のなか、ブルーの賢治のモニュメントが目立ち、そして記念館までの良い道案内となっていた。

 

歩いている途中、ささやかな空気の振動を伝えながら、釜石線がゆっくりと走っていった・・・そのさまは・・・「銀河鉄道のよう」・・・といいたいところだが、どちらかといえば「農村鉄道」という言葉が似合う風景だった、ごとんごとん、収穫は終わったかい、ごとんごとん・・・。

 

 

宮沢賢治記念館に行き、賢治にとって「農」がいかに重要であったかを、改めて知るのであった。

この岩手には、夜にしかみえない、昼間は見えない、そんな汽車がある。

ひとの良い車掌が腕時計を見やって、思う存分笛を鳴らし、夜になれば、銀河鉄道が満点の星へと向かって走っているのだろう。

 

もう会えない友達のもとへ。

 

 

このたび、わたしが第7章を書きました以下の本が、発売となった。

 

 

皆さんは立派な実践について語っているが、わたしの原稿はいろいろ至らないオフィスであったことを懺悔している・・・。

 

この本のなかでは「2022年の小さな発表会」について書いた。

 

「小さな発表会」はそれ以前にも何度か行っている。

あるときの「小さな発表会」で宮沢賢治星めぐりの歌」を歌ってくれた方がいらした。

 

大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

 

(「星めぐりの歌」 宮沢賢治 作詞)

 

ピュアな情感のある歌だった。

この歌を歌ってくれた仲間・・・わたしと同世代の仲間が、最近、お亡くなりになったときいた。

 

 

その方とわたしは、すごく親しいわけでもなかったが、どことなく波長のあう方だった。ふと、「松岡さんにカミングアウトしますが」と連絡をくれたこともあった。

 

・・・ウクレレでオリジナルの歌を作ったよ、あらわたしも・・・それなら多摩川で一緒にウクレレで弾き語る会でも・・・なんて約束をしたような気がする。

 

約束は、かなえようとしなければ、叶わない

 

賢治記念館へ向かう道すがら、ピュアなマインドをもった彼女の歌う「星めぐりの歌」を思い出した。

そんなにしばしば会う仲間ではなかったので、まだこの線路の向こうに生きているような気がする・・・

 

青空のはての、夕暮れのむこうの、銀河のとおくの、川べりに、彼女が・・・。

 

 

約束は、かなえようとしなければ、叶わない。

 

若くない年齢ともなると、特にそう思う。

 

会いたい人には会いに行こう。

 

(続く)

 

 

◆松岡宮からのお知らせです。

 

次回ライブは11月12日(日)デザインフェスタです。

東京ビッグサイト、南館4階のパフォーマンスステージ。

なんとラスト、17時半より。

 

そのあとのライブ予定は今のところ、ございません。

ぜひ観にいらしてCDをゲットして握手もして下さい。

 

 

 

 

 

CDやZINEだけでなく、なぜか手芸品を売っているBASEもぜひご覧ください★

友人たちの詩集(の紹介)も面白いですよん。

 

 

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