宮崎県の縦断の旅(3)日向大束のゲストハウス

父の母校である福島高校に立ち寄ったあと、不動産屋さんがそのまま車で宿まで送ってくれた。わたしが泊まる宿の名前は「ゲストハウス タケダ」さん。日向大束駅の近くにあるようだ。

 

ゲストハウス タケダさん

https://stayjapan.com/area/miyazaki/kushima/pr/12598

 

エアビーで見つけて予約したのだが、ここは本当に素晴らしいお宿だった。民泊ということで、誰かが住んでいる家のひと部屋に泊まるようなイメージを想像していたが、ここはプチ・ホテルという感じである。予想より新しく、きれいだった。

広いガラスの扉を開けて中に入ると、木で出来ている優しい空間のなかにフロントがあった。ゲストハウスを運営している女性の方より鍵を受け取りドアを開けると、小ぶりな部屋にベッドが並ぶ。ここが今夜の寝室なのだが、どこか可愛らしさがあり、子どもの頃の勉強部屋みたいだと思った。

 

ヘアドライヤー、冷蔵庫、コーヒーを作るセットなど、必要そうなものはすべて備わっていた。

 

 

部屋にユニットバスがついており、タオルやアメニティもそろっていた。お風呂大好きなので、さっそくお湯をためて入る。ユニットバスでお湯をためてよいものかわからないが、お湯につかると疲れが取れる。ユニットバスでの髪の洗い方がいまいちわからない。ふぅー。

 

このお宿は本当にありとあらゆる備品が備わっていたのだが、とくに「パジャマ」があったことがうれしかった。自分も民泊をホスティングしているが、このタケダさんのように素晴らしい宿ではないし、パジャマを置くという発想はなかった。東京に戻ったらさっそくパジャマを用意しようと思った。

 

別料金のお夕食。

事前に「手術後なので胃腸に優しいものをお願いします」と伝えた結果がこちら。豪華。

刺身、煮つけなどお魚が嬉しく、これにおかゆ、お茶などがついている(※ご飯ではなく、おかゆにしてくれた)。こんなに食べれないな~と思いつつ、美味しかったのでかなり食べることができた。なんといっても盛り付けが美しい。

 

わたしの事務所の民泊は素泊まりだが、お客さんによってはキッチンでお茶飲み話などをすることが結構あった。民泊といえばなんとなく家主と客がいっしょに食事するものだと思い込んでいたのだが、こちらのゲストハウスはあまり家主の方は表に出てこない様子であったので、わたしは一人でゆっくり食事することができた。

甘い煮魚の骨を取りながら、忙しかったこの1日を振り返る。

京急空港線が止まって羽田空港まで行くのに苦労したこと、宮崎県に入ってからはすべてがスムーズに進んだこと・・・東京の過密は何かアクシデントがあった際に精神を削るに十分で、宮崎の広々とした空間は安心感をもたらしてくれる。

かなり早めに床についたところ、ぐ~っすり朝まで眠ってしまった・・・かなり疲れていたようだ。

 

 

そして朝。

8時の列車に乗ることになっていたので、早めに起きてご飯をいただく。

 

朝ご飯も素晴らしかった。

お味も栄養も良いが、見た目も素晴らしい(語彙がない)。

わたしは料理に関心がなく、その辺にあるものを適当に食べてきた人生だったが、こんなふうにひとつひとつの食材を丁寧に取り扱った盛り付けをみると、もう少し丁寧に食べなくてはいけないと感じる。食事とは本来、そうあるべきなのかもしれない。

若さも健康も失って、食事の大事さにやっと気づかされる。

 

 

帰りはゲストハウスの方が車で日向大束まで送ってくれた・・・重ね重ねありがたい。

すぐ到着した日向大束駅にはまだ雨が残っていたが、朝の陽ざしが強く照り、白い駅舎が光ってみえた。人間が誰もいない駅前をうろうろ歩きながら、日南線の到着を待った。

 

ところで、最近、第2次世界大戦の記録物をよく読んでいる。終戦の年である昭和20年に本土への攻撃が激しくなり、宮崎県もはじめて空襲を受けたそうだ。志布志や日南といった日南線沿線がグラマンの空襲を受け被害をこうむることもあったようだが、日南線も甚大な被害を受けたのではないだろうか。

 

日向大束駅の開業は、昭和10年とのこと。日南線のなかでも比較的歴史が古い駅のようである。

 

とても静かな駅前の風景。雨あがりの道路に朝の陽ざしがギラっと照り返す。これから晴れそうな雲がゆっくり流れている。

 

駅の待合室にあった「いってらっしゃい」の文字がすごく良くて、おもわず撮影してしまった看板。

2行目の「南国・宮崎の最南端 串間市発JR日南線のすてきな旅」のなかに「南」という字が3度も出てくる。日本の南を略すと「日南」になるのだなと気づく。

 

天井を見上げると、ネットを張ってあり、修繕されていることに気づいた。

駅舎のあちこちに、経年による傷みがあることに気づく。しかし、どれも修理されながら使われている。

 

サビにも風情のある改札のポール。

 

シャビーな格子戸。

 

これらの改札や扉はとてもなつかしく、昭和時代から使われているように感じられた。

 

ところで、以下の記事によれば、日南線・油津―志布志間の1キロ当たりの1日平均乗客数(輸送密度)は179人だそうだ。

news.yahoo.co.jp

 

油津ー志布志の間は、ゆくゆくは廃止される可能性もある。そうなると、串間駅も日向大束駅もなくなってしまうかもしれない。

わたしの父も串間を出てしまった人であり、わたしも串間に住む可能性がほぼなくなってしまったので、残してほしいという資格もない。ただこうして旅に出向くときに、日南線の存在はありがたかった。

 

無人駅の両脇によく手入れされた茂みと踏切があり、列車が到着すればちゃんとカンカンと音を立てて踏切が下りる。きょうも時刻表どおりに列車が走っている、まだ生きている。そんなことに感動を覚えつつ、宮崎行きの列車に乗り込んだ。

 

 

 

旅行2日目のこの日はなんと「串間から高千穂まで」旅する予定である。下の図のように、かなりの距離となる。しかも有料の特急は使わない予定・・・。

 

(Google Mapより)

 

縦に長い宮崎県を南から北まで縦断する1日になりそうだが、ちゃんと高千穂にたどり着けるのだろうか・・・。

 

ゴットンゴットン。

宮崎行きの日南線が、時間どおりにやってきた。

 

(つづく)

 

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こんにちは松岡です。花粉が飛んでいますね。

最近はAIによる創作が進化しているので、自分で言葉をつむいだり音楽を作ったりすることが貴重なことのように思えます。リアルに存在が「ある」ことが、とても貴重なことのように感じます。

例えば、鉄道が自分の体を包んで、どこかからどこかへと運んでくれるって、すごいことですよね。運転士もリアルなもので、仏像のようにありがたい存在です。

 

短い新作(↓)「ほしをみてる」書きました。作品って作家の存在そのものだなと思います。ぜひ、聴いてみてくださいね。

 

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