駅員観察日記(はてな編)

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読書ログが6月終了なので鉄道の本のレビューまとめ。

今日は・・・

自転車で走っていたらいきなり雷雨に襲われ、雨宿りしながら、自分のうかつさを反省しました・・・。

天気予報を見ていれば・・・

傘を持ってくればよかったのに・・・

 

びしょ濡れになりながら、スタジオに15分遅刻で到着し、なんとか5月5日ライブの稽古をしました。

帰りは、雨が上がっているというだけで、なんか幸福だと感じました。

 

ふぅ。

風邪ひかないようにしないと・・・。

 

ー-----------

 

読書記録を、どこに残しておこうかというのは、本好きなわたしにとっても大きな問題です。

いろいろ試して、ここ数年はこちらの「読書ログ」を使っていました。

 

サービスはいろいろありますが、非公開メモがあるのが、良い点でした、

 

が・・・

 

www.dokusho-log.com

 

この6月末でサービス終了とのこと。

残念です。

利用人数の少なそうな、まったり感が、良かったですけど・・・ねえ。

 

次なるサービスを考えているところですが、ひとまず、自分のEvernoteに、すべて手動でデータを移動させました。

 

手動で!

大変だった~!

 

もうEvernoteが読書記録でこれでいいような気もしますが・・・。

 

ちなみにEvernoteは有料版を使っています。

 

 

むかしの読書ログを手動で(←しつこい)移動させながら思ったことを挙げます。

 

1)意外に読んだことを忘れている!

 

本の内容だけでなく、「この本を読んだ」なんてことさえ忘れている自分に気づきます・・・。

自分の仕事に役立ちそうなのに・・・自分がインデックス化できていなかったのですね。

 

2)本、多すぎ。

 

世の中に、本って多すぎじゃないかと思う・・・。

どれも良い本で、読みたいし読む価値もありそうなのに、読む時間がないのがもったいない・・・。

うん、ほんとうに・・・本が多すぎると思う。

 

3)新しい本だけが読むべき本じゃない!

 

・・・どんどん魅力的な新刊情報が届き、確かに社会的なものごとは新しい方がいいのかもしれませんが、でも、年月を超えて意義のある本も多いというか、どんな本もいつ読んでもいいものです・・・。

いつの本だって価値はある!

 

4)自炊は読書記録を変えるか?

 

最近はすっかり自炊マニアになって、A3まで自炊できるマシンを買ったことから、

暇さえあれば自炊をして、クラウドに保存しています。

もちろん個人で楽しんでます。

ちなみに重たい裁断機は結局あまり使わなくなりました・・・。

 

自炊は良いです。

どう考えても、重たくて指先を切ってしまう本より、デバイスで読むほうが、読みやすくて頭に入る気がします。

 

自炊したデータがあれば、読書記録はそんなにいらないような気もしてきました。

 

読書記録・・・これからどうなることやら・・・。

 

 

そんなわけで、引っ張り出したなかから、鉄道に関する本のレビューを再掲します。

レビューを書くのは、どれも好きな本です~。

おすすめ。

 

1)鉄道大バザール

 

 

 

コロナウィルス感染拡大防止で自宅にいるので、下巻を読みました。
ベトナム戦争の傷跡と、日本の鉄道の特殊性が印象に残りました。
 
前者は
>悲劇はそもそも、われわれアメリカ人がやって来たこと、
>そして、初めから長居するつもりが
>なかったことにあった
 
という文章と、それに対比される山や谷の風景描写の美しさが見事です。
ベトナムの雨や日差しを思い、旅情をかきたてられます。
 
一方、日本の鉄道については、自分が日本人であるせいもありますが、あまり旅情を感じない章となっています。
 
45秒間しか停車時間のない日本の列車の余裕のなさ、まわりの人々の無言にふれ、
 
>無味無臭の日本の汽車に私は気落ちがし、飛行機に
>乗った時の、例の汗ばむような心理的不安を感じ出した
 
とあり、よくわかる気がします。
ほかの国の鉄道描写が、乗客たちの破天荒なふるまいであったのに対し
日本の鉄道は行儀がよく、それが旅人には重苦しく不安に感じられるのですね。
 
最終章のあたりはロンドンに戻るシベリア鉄道です。
5日間、大針葉樹林帯の同じ風景が流れて行くシベリア鉄道の乗車・・・それでもまだ旅半ばだという、この時間の流れこそ、鉄道旅の醍醐味でしょう。
 
急ぎ過ぎた日本の感覚からすれば、何日もかけて旅をする本書の体験自体、得難いものですが、自宅で外出自粛をしている今、
やることもなく読書にやっととりかかっていますが
 
そんな時間の流れと重なって感じられます。
 
感染症が問題となっている今、世界中を旅するというのは贅沢なものですが、また旅行ができる社会になりますように。

 

 

2)日本鉄道詩紀行

 

 

有名な詩人から無名の詩人まで、鉄道に関する詩の紹介本です。
 
たとえば・・・・
 
「冬と銀河ステーション/宮沢賢治
「旅吟/木山捷平
「食堂車にて/田村隆一
「見知らぬふるさと/谷川俊太郎
「鉄橋/飯島耕一
「(8月×日)放浪記より/林芙美子
「山の手線/室生犀星
 
・・など、すべてをあげるスペースはありませんが、どれも湯気の立ちそうな豊穣たる鉄道詩たちです。
 
紹介されている詩のバランスが素晴らしく、鉄道の魅力とともに、詩の魅力も感じられる素晴らしい本です。
 
 が、なによりこの本を特徴づけているのは、紹介者きむらけん氏の、なかば思いこみにも似た(?)詩の世界への入りこみかたです。
 
 わたしは鉄道員が好きなので、鉄道員が出てくる章を例にあげます。木下夕爾「晩夏」の紹介です。
 
 晩夏
 
 
 停車場のプラットホームに
 南瓜の蔓が葡いのぼる
 
 閉ざされた花の扉(と)のすきまから
 てんとう虫が外を見ている
 
 軽便車が来た
 誰も乗らない
 誰も降りない
 
 柵のそばの黍の葉っぱに
 若い切符きりがちよつと鋏を入れる
 
 
 
 この詩を読み、レビュー者のきむらさんは「草軽電鉄を想起した」と書いています。そしてきむらさんがこの詩からイメージした光景が、「長大な箱庭鉄道にわたしの思いは翔る」とばかりに、ほとんど妄想的に、しかしいきいきと以下のように描かれています。
 
 
ホハ10型の後部デッキから、車掌が顔を出す。顔ににきびのある青年だ。(中略)車掌は、陰影の濃くなった浅間山をぼんやりと眺めた。そうしているうちにふと彼は想像をした。女の寝姿だ。が、彼は首を振った。そして今度は目を閉じて懐中時計を覗きこんだ。停車時間はまだある。(中略)彼は、手に持ったパンチを二、三回、かちかちと鳴らした。それに応えるのはコオロギばかり。彼は、ちょっと小首を傾けた。そして、ホームわきに生えている黍の葉にちょんと一つ鋏を入れた。(後略)
 
 
お、おんなの寝姿?!・・・はともかく、こんなふうに、鉄道が生み出した詩の数々が、きむら氏のなかでゆたかに醸造され、また新しい鉄道の世界を生み出し、想像のレールに乗ってさらに拡がってゆくのを見せてくれるような、楽しい本でした。
 
そして、鉄道というのは、最先端の技術の結集する場であり、それゆえそこから悲しみや苦しみ、苦難も多く生まれるものですが、同時にとても人間くさいものであり、創作や文化の源でもあるのだと実感しました。

 

3)定刻発車

 

 

 

まあ~
 
ステキな車掌の手袋!!
 
そんな感じで手に取った本ですが、丁寧な記述で日本の定刻発着文化について書かれており、感銘を受けました。
 
本書にもあるように、日本の鉄道は「1分違わず」正確に運行することで知られています。それをなしとげることも、当然のように追求し続けることも、世界では稀だということです。では、そのような現象がなぜどのように起こったのか、ということを綿密に記した本です。やや古い本ですが、歴史にまつわる部分などは感銘を受けました。
 
まず、鉄道はその開始から、人々に前向きに受け入れられたこと。その背景には、近代化の礎となった土木技術の向上や市民意識の芽生えもあったということ。江戸時代から時報の管理がなされていたこと。庶民が旅をする習慣があったこと。日本の都市は人が歩ける間隔で並んでおり、1駅間の距離が短いことできめ細かい運転調整が出来たこと。このような条件が、定刻運転の元になったのではないかと述べられています。
 
1945年8月15日の終戦時にも鉄道員が当たり前のように電車を動かしていたということから、正常運転を目指す文化がいかに強いかがうかがえます。
 
印象的だったのは、日本でもっとも乗降客が多い駅・新宿で、朝8時の混雑をさばくために、「押し屋」「はぎとり部隊」「切り屋」駅員が秒単位のプロセスを行っている様子。そのどれが遅れてもならない、ぎりぎりのリズム。乗客も整列乗車などに従うことで、暗黙のうちに秒単位の管理に「息を合わせて」いるのですね。そして、新宿のような駅があり、全国の線路につながっている以上、日本のすべての列車は正確に発着しなければならないということ。それを当たり前のようにやっている鉄道文化。乗客としては世界に誇るべき、素晴らしいものだと思います。ですが、今の時代だから思うことですが、それに何やら危うさも感じなくはありません。そのギリギリのバランスに頼ってわたしたちの生活は成り立っていることが、当然と思ってはいけないのかもしれません。
 
本書でも、定刻発車を賛美するだけでなく、果たしてその先は何が待っているのかという視点を述べてあり、それが本書を深みのあるものにしています。
 
>われを顧みずに懸命に”限界”への挑戦を続け、秒単位の正確さを実現させようとする
鉄道員たちの努力には感慨深いものがある。しかし他方では
>「やはりそこまでしなければならないものなのか?」(中略)という思いは拭いきれない。
>わずか10分や20分の列車の遅れによって、新宿駅では乗客だけでなく、
>駅員も恐怖を感じるようになるのは、やはり何かがおかしい。(中略)
>日本の定時運転は、鉄道員や乗客の犠牲の下に成立してきた側面は否定できない。

 

そして、秒単位で発展してきた日本の鉄道が、これからはシステムによって強制される時間ではなく、乗客それぞれの時間というものを提供する可能性も示唆しています。現在発展を続ける「エキナカ文化」というのも、その一環といえるかもしれません。思えば自分自身も、ここ数年は途中駅で寄り道をしたり、各駅停車を選んだり、ずいぶんゆとりをもって鉄道と接するようになりました。それにより、鉄道に対し、「いつもラッシュで苦しめるもの」ではなく、「いつも運んでくれてありがとう」という、暖かな感謝の気持ちが芽生えました。
 
運転士は、運転席についたときが一番「ほっとする」といいます。お客様に望みたいことで上位を占めたのはなんと、「自殺しないでほしい」とのこと。これだけは乗客として守りたいと心に誓いました。

 

4)満州鉄道まぼろし旅行

 

 

今読んでいますが、冒頭の鉄道路線図がわかりやすくて、行ったことがないのに引き込まれています。
満州の本は、難しい印象があったのですが、サツキくんとヤヨイちゃんが、建国四年目の満州鉄道を旅するという設定が、わかりやすくて、ユーモアもあって良かったです。
ノスタルジーも礼賛も制度への批判もあってバランスが良いと感じます。
 
満州里まで到着して、爽快でした。
 
でも最後の場所はノモンハン。そしてエピローグ。
 
もっと満州のことを知らねば、知りたいと感じさせる終わり方でした

 

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ひとまず、この4冊のレビューを再掲しました。

やけに詳細なレビューがあるのは、むかし自分が発行していたメルマガの記事のために書いていたレビューですね。

本のレビューするお仕事なんかもしてみたいなあ。

 

はっくしょい。