駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

さらば クシャーンの地よ

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・・・そういえば昔 クシャーン王朝って国があったらしいよ

・・・こちら側の名前である「クシャーン」って そこからとったのも・・・?

博識な「日雇い」さんがそう尋ねた。

「知らない 歴史に弱いから」

わたしは答えて またストレッチに戻った

「今日は泳ぎの特訓だ」

泳ぐのは苦手なので 身震いする

靴下を脱ぐと足の裏に砂や小枝がくっついてきた

「逞しくなるんだ このクシャーンの地では みんな」

鬼軍曹と呼ばれる講師が やけに薄着で河原に立ったまま叫んでいた

雲の模様がつぎつぎに変わる空は季節の移り変わりを教え

「しあわせ だ/です」

鬼軍曹が いつも指示するように 言葉に出してみた

「しあわせ」は「ひやあせ」に似ていると思った

「しあわせ」ってこんなふうに

平らな気持ちのことをさす言葉・・・なのかな?

 

気持ちの言葉のことは よくわからない

 

賢くない側に送り込まれるくらいだから

 

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<世の中には賢く生まれた子どもとそうでない子ども、2種類の子供に分かれます。>

<賢くない側の子どもはこのクシャーンの地に育つことになります。>

<職業人として質の高い生活を過ごせますように体を使った訓練を国の責任でいたします>

らしい。

クシャーンの地は体育を重視する 体を使うのなんて苦手なのに

朝からいろんなメニューが並ぶ

今日も足を使って疲れたな

相変わらず水は怖いな

だけど 少しずつ気持ちよくなってきた

おや

澄んだ色のバッタが足首の骨に乗ってきた

雑草と同じ色をしているけれどよく見るともう少し青みがあって

昆虫は植物とは違うのだなと感じさせた

大河に波は立たず 鳥が飛来しては群れて過ごし 対岸はよく見えない

賢く生まれたらどんな生活を過ごしていたのか

こんなに水泳ばかりやらされないですむのか

それは はるかな川の向こうの世界の話で 

クシャーンの地に来てしまったわたしにはよくわからない

空行く雲が 黒ずんできた

あと数時間で「雨が降る」 

服が足りなくなるぞ 洗濯物を取り込まなくては

そら 

降りろ

バッタも雨に 気を付けて

 

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賢くない側と賢い側を分断する大きな川の流れ

季節の彩りを教えてくれるその川は 時々魚がぴょいと躍るほかはやけに穏やかな川で 

向こう岸が見えないので まるで海のよう

その川はあまりに大きいので 渡り終えるのに船で何日かかるかわからない

両岸を渡るのは虹を渡れる人だけだと鬼軍曹が言っていた

水泳訓練のときは 寒くて大変だったけれど

鬼軍曹によく訓練された淡水魚がいっしょに泳いでくれたっけ

「なんでこんなに泳ぐ練習をしなくてはいけないんですか?」

「お前たちが就労するためさ」

淡水魚さんよ・・・

働くってのは 考えていてはできないことなんだね

おかげで筋肉もついて エラも出来てきた

運動することも苦ではなくなってきた

砂利道を裸足で駆け抜けるとき雨雲が向こうから駆けてきてすぐに去っていった

普段着のTシャツがびっしょり濡れたけど暑かったからちょうどよかった

何しろ魚座だから 濡れるくらいがちょうどいい

それから夕焼けが来てくれて

平らな土手に立てばトンボが2匹絡まって飛ぶのを見た

「しあわせ だ/です」ってこんな気持ちのことを言うのかな

少し 賢くなった

(気がする)

 

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さらば クシャーンの地よ

空ゆく雲が東へ抜け 空が広く晴れ上がってきた

「日雇いさん」も魚座だったんですね

わたしも魚座です

だからきっと大丈夫 

むこうの岸まで泳ぎに行こう

透き通る水に 身を浸してみれば もう何か違う生き物になったような気がした

さらば クシャーンの地よ

育った家の倉庫に隠されていた大きな壺の中味も

いつか着るはずだった一張羅の上下の白い服も

友達になった小さな蟹の親子も

ひとまずはさようなら

「日雇い」さんを無理やり引っ張り込んで

一緒にあちら側の世界を見てこようと思います

だけど力を入れすぎてはいけない

沈まない程度に足を揺らして

疲労しない程度に肩を動かして

鳥たちの群れをなぞるように

賢い側の岸へ向かって泳ぐ

水の抵抗はあまりなくスイスイと前に進んでゆく

「しあわせ だ/です」ってこんなスムーズな体の動きのことだった

(のかな?)

(やっぱり よくわからない)

どうか夕暮れまでにたどり着けますように

「日雇い」さんとわたしは対岸に向かって泳ぎ出したのです

 

 

(おわり)