駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

血圧上昇した高円寺北中夜市

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大田区では

台風19号の浸水の余波が多少残っています

 

渋谷駅もこんなふうに雨漏りの余韻が感じられます

点滴のようだと一瞬思って

いや これは 治水そのもの・・・

地は水との戦いの歴史だったと思い知らされます

 

「すべてのものが生きている」

 

目に見えているものの奥には

見えていない経路があって

その脈のなかを何かが流れて行く、止まったら死ぬので止められない・・・

目を凝らしたり

先人の知識を参照したり

のほほんと生きていては知らないことだらけ

知ろうとしなくちゃいけない

警告は覚え続けていなくてはいけない

水のひいた多摩川周辺には草がよみがえりあの浸水をもう忘れてしまいそうに

なるから・・・

 

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渋谷駅のホームでは

コンクリートの隙間から零れ落ちる水を導いて

駅員の黒衣にそれが落ちないように

安全に導いていた

姿勢のよい駅員が赤い旗を振る、はい、そこの漏れ水、きちんと流れなさい(笛)。

はい。

ぽた。

ぽた。

水を従わせる駅員の手袋の指先にまた滴るのは最後の水。

かけこみ乗車はおやめください!

ゲリラ豪雨の今日このごろ

水は多すぎるとあふれる

あふれたら危ない

秩序が必要なんです

零れ落ちるものを集めて それがあるべき場所に送り届けるのも

駅員の 仕事です

 

「すべてのものが生きている」

 

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さて

3か月ぶりの高円寺・北中夜市です。

 

お手伝いに来てくれるという青条さんから

事前に、看板に書くテキストをいただいていていました。

その文章は

 

>「混凝土は鈍色 詩人の色は青」
 
だったのに・・・・
 
こんな短い文章なのに・・・
 
間違えてしまった!

 

f:id:miya_ma:20191021110239j:plainちがうぞ!

申し訳ない・・・
英訳とかしている場合じゃなかった・・
というか英訳に気を取られすぎていた・・・引きずられた・・・。
 
自分にはこういうそそっかしさがあるなあと反省しております。ごめんなさい。
 

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保健学科の実習でならった 水銀式の血圧測定!

 

今回、売り上げはあまりなかったのですが

血圧測定はそれなりに好評で 

いろいろ声をかけていただきました。

若くない方が多かったですが、肝硬変の話とか、いろいろ、ご体調のこと、お話くださる方がいらっしゃいました。

 

ヒマなときは 自分で血圧を測っていました。

ヒマすぎたので 何度も 何度も・・・。

すると、ふだん90くらいの血圧が 105くらいにあがっています・・・。

測定位置が心臓よりも低かったせいかな?

何度測っても

測定位置を上下させても

あがっている・・・。

 

交感神経が高ぶっていたのかもしれません。

 

わたしの血管も生きておりそして街とともに鼓動しているのだ・・・

 

 「すべてのものが生きている」

 

ワールドカップラグビーでざわめく高円寺のまち。

大田区民の自分が なぜ わざわざ荷物をかついで高円寺まで来ているのか

大田区が悪いわけじゃない、大田区はリバーサイドが美しいまち

だけど高円寺に来ると高揚している

「コンクリートは鈍色」

その鈍色の地下に水脈や暗渠がある

その上空に電線がはりめぐらされている

ものごとは流れ動いている

ちゃんと見ようと思わないと見えないものがある

それと同じように

そこに立つ人間だって 何かが伝達され また伝達する

コンクリートですら生きているのだから

人間なんて性能の良すぎる糸電話のよう

何かが入っては出て行く

高円寺のなにかを受け止めて交感神経が高ぶり血圧もあがる

このからだ

たぶんまだ眠りたくない

まだ落ち着きたくない

ブラッドプレッシャーが高揚する

どうして眠れないの?

お祭り騒ぎのただなかにいたいの

誰とも知り合いになりたくない

誰かとお話がしたい・・・

血圧が上がる・・・

元気ですよ

はい

 

テレビに取材された・・・

 

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路上生活の感触を少しでも知りたくて寝そべってみましたが、ただの具合悪い人みたいになってる・・・

 

だって路上生活のかたはこんな無防備な姿勢はとらない

ああ、死んだ医療従事者のような顔をして!

たぶん、路上で暮らす体勢になっていない。

わたしはまだまだ路上で暮らす身体じゃない。

ここは 寒くてつめたくて、硬くて・・・

路上の方があんなにたくさん持ち歩いて着込む気持ちが少し、わかったかもしれない・・・いや、そんな簡単には、わからないことだが・・・

わたしは ひらきたい。

ひらいていたい。

自分のこと、もっと、開きたい・・・いや、すでに、開かれ過ぎているのかもしれない・・・。わからない、ただわかっているのは、閉じたくない、閉じるとものごとは死ぬし、流れて、変化し続けるより仕方がない、渋谷駅の天井からの雨漏りも、流れて、あるべき場所へ落ちる、それでわたしたちは、鉄道は、うまく流れて行く・・・そうだよ、鉄道だって、止まっていたら死んでしまう、動くこと、流れること、少しずつ摩耗しながら、メンテナンスして、それでもって、世界は、生き続けて行く・・・

 

「途中でやめる」という古着ブランドがあるのを知りました・・・。

なんか面白いなあ・・・。

blog.goo.ne.jp

こういうふうに ひとつのことを貫いている方に あこがれます。

 

今回、やきそば売りのお兄さんに

「(青条さんの)助手ですか?」

と言われたのがショーゲキでした・・・。白衣を着ると精神が小さくなって「助手み」がうまれるのかもしれない・・・あるいはわたしの中途半端な存在感がそうみせるのかもしれない・・・。

 

青条さんがうらやましい。

ひとつだ。

詩人という肩書ひとつだ。

 

わたしはなんなんだろう・・・何にでも使える部品は何にも分類されないし名前もない。女だからか、すぐに好かれて求められ何かをさせられ幸福になるのだけどやっぱりそこには何もないというか、ひとりぼっちになりきれず贅沢で欲張りになってしまう、若くもなかったけれど昔むかしは名もない女が詩を朗読するというだけでちやほやされて、そして長年やっていると大御所扱いですぐに物語が終了してしまう、乗っかったつもりもなかったけれど乗せられていた船、大雨の台風19号、水が引いたら泥だらけ・・・。

まだ生きている。死んでいるような顔だけど・・・。

 

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知人とブースをやるとき

閉じてしまうことは簡単だ

水が流れるように ふつうは閉じるものだ

知人と話をしているほうが 楽しいし 楽だから

その楽しさを選んだ時

集団ができ 共通言語ができ 

そのぶん バリアができる

そういうことから なるべく避けるようにしてきたのは ひとつの生存本能

だんだん路上の空気の色が感じられるようになってきた

 

「すべてのものが生きている」

 

フリマをたくさんやっているとお客さんは不思議なもので

お客さんが寄ってくる種類の空気があると感じる

呼び込みすぎてもいけない

黙ったままでもいけない

開かれ過ぎてもいけない

すきま風を吹かせてお客さんが来る

ふと思った 

ここの空気はどれくらい開いているのだろう

屋根のないテントか

壁のない小屋か

となりの立ち飲み屋さんで盛り上がるワールドカップラグビー日本対南アフリカ

いらっしゃいませ

もう少しで店じまい

まあ がんばった

試合が終わればノーサイド

みえない握手はゼロではなかったのが今日の収穫

血圧のあがったわたしの身体が また 多くの方に出会った

 

(つづく)