駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

わたしのなかの反にっぽん

北京地下鉄(ベイジンチージャン)の運転士・・・・(運転士が戸閉してました)

ああ、かっこよかったなあ。

まっすぐに伸びた姿勢、背筋、制服も凛々しいです。

車体が小さいから運転士が大きく見えて、ますます萌えてしまう・・・

地下鉄はワンマン運転なので、なかなか観察もしにくかったですが、北京地下鉄を観察するなら「前」ですね・・・・。

東京はまだまだ30度超えですが・・・北京は涼しくなったでしょうか。

制服の上着はどんなでしょうか。

冬が厳しいといわれる北京、コートは、ねえ、コートは、もふもふ系ですか!?

これは、かの有名な「北京飯店」。

わたしは、海外旅行にそんなにたくさん行っているわけではないのですが、

もともとあまりに地理的な常識に乏しかったので、

ここ数年で、ロンドン、NY、パリ、北京、と行ってみて・・・・

どこの都市も素晴らしく、愛する都市となっています。

ふと、自分のなかには、微妙に「反・にっぽん」があるのではないかという気がしてきました。

ジャカルタ育ちのせいなのか、あるいは、わたしが変な人間だったせいか、中1で日本に戻ってきて、ささやかだけどいろいろ違和感を感じることが、ありました。

 松岡さん・・・・

   トイレのおしっこの音は 水で流して消すんだよ・・・・

なんて 言われたりして。

日本がいかに良いところか・・・ということも、よくわかるのです。

わたしなんて東京だから、本当に恵まれているとしか言いようのない暮らしで・・・・。

「弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂 /阿部 彩」という本が最近読んだ中ではとてもよかったです。

印象に残った言葉のひとつ:

 「日本の皆保険による医療システムは懐が深くて素晴らしい」。

・・・・ほんとうに、病院嫌いのわたしでも、すぐに医療にかかれる日本のシステムは良いと思います。

それに、都会の人は冷たいといわれるけれど、東京でやまいに倒れている人がいたら、必ずなんとかしようとする人が出てくる可能性が高く、略奪される可能性は低い、そんな気がします。

東京を歩く人のほとんどは善良で控えめで、高齢者に席を譲りたい気持ちがあり、障がい者には気を配りたいと願う、優しい人々という気がします。

それを思うとき、安全で清潔な東京の素晴らしさに、気づくのですが・・・・。

まさに自分こそ、東京という街に守られ、

網の目のように張り巡らされた駅員という存在に、駅員の手のひらに、

守られている、はずなのですが・・・・

ときどき、日本や東京で生きていることが、なんとなく、しんどくなるのです。

優しく懐の深いこの日本に生かされているのに・・・・

日本で居場所がないものだから、

日本で冷遇されているものだから、

日本で誰にも評価してもらえないものだから、

日本で孤独を感じているものだから、

つい つい 異国に夢を 抱いたりして・・・・

どうしてもっと 日本を愛せないんだろう・・・・

東京が息苦しい、無理している、きつい、きつい、と、思うとき、そこに駅員がいます、

駅員も苦しいのかしら、駅員はお仕事なのか、

駅員は当然です、つるんとした顔で、冷え冷えした目で、排泄なしの呼吸で、

お客さんは、ダメなひと、と、わたしを指さす、正しい場所に戻そうとする、白い手袋。

駅員の手袋に首を絞められて、なんだか、うれしくるしい。

わたしイニシャルMだし、日本語しか出来ないし、もうすこし、日本でがんばります。

でも、おしっこは、のびのび、させてください。

市立中学校でも、オフィスでも、シャアアッ!って音を立てたって、いいのではないでしょうか。

わたしのおしっこの立てる音、立派ですよ、蛋白出ましたよ、だれが聴いたって、かまわない、わたしなら。

そんな、おしっこのメロディがたちあふれる、東京であったら、いいのに。

そして世界中がつやつやのおしっこで満ち溢れますように。

しゃあしゃあと、がんばります。

そんなわけで、中国・承徳の、「避暑山荘」エンペラートイレ跡の写真です・・・・

・・・なんでおしっこの話で終わるのだ(笑)