駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

パリ、おしっこの旅_4日目(完結編)

パリに行ったのに、あそこ、が出てこないぞ、と思われた方もいたことでしょう、そう、そう、ルーブル美術館。前々から、この4日目を、ルーブル美術館に充てようという計画でした。 ホテルでゆっくり朝食をいただき、8時ごろに出発しました。夫には一日券(モビリス)を買ってあげて、わたしは10枚券(カルネ)の残り6枚を持って、出かけました。 9時前に到着してしまい、ガラスのピラミッドあたりで写真を撮りました。かなり寒かったです。わたしたちは予め「ミュージアムパス」を持っていたので、リシュリュー側の入り口から、ほとんど並ばずに入ることができました。 実のところ、わたしはあまり美術に造詣が深くありません。ことに、夫の好きそうなエジプトとか彫刻系に、あんまり関心がありません・・・・。こんな広い美術館で、夫の趣味につき合わされたら疲れるなあと思い、別行動しようと言いました。12時に中で待ち合わせて別れ、わたしは上階の絵画を中心に見て廻りました。 意外にすいていた、モナ・リザ。深い微笑を見せてくれました。あとは民衆を導く自由の女神、なんていう絵も、すごくさりげなく飾ってありました。どらくろわ~。 ルーブル内にある、ナポレオン三世の邸宅もすごかったです。 すごい、すごい、としか言いようのない豪華さ。  「今度の忘年会はナポレオンちでやろう」 というギャグを思いつきました。 さて12時に夫が来ましたが、まだエジプトコーナーを観ていないとのこと。ひとまず、ミュージアム内のカフェで昼ごはんを頂きました。 このカフェでは失敗ばかりしました・・・・けっこう長時間並んで適当に頼んだら、「ドリンク付き」が「水1択」だったようで(?)、それがわからず「水は何にしますか?」と聞かれて「え?水?」と混乱してしまい、お店の人に「ウォーター?おみず?」って日本語で聞かれてしまいました。やっと頂いたお食事は、思いのほか量が少なかったり、「ご飯(おコメのごはん)」があんまり美味しくない・・・おまけに小さなチャハネリアンを発見・・・失敗ばっかりしてましたが、お店の方はみな親切で、フランスの店員さんはほんと上機嫌だなあと思いました。 その後は夫につきそいエジプトとかアッシリアあたりを観て、カルチェラタンに行きたいというので地下鉄7号線でジュシューまで行きました。ちょっと疲れていたわたしは、自分の好きなままに歩く夫にキレつつ、ソルボンヌの街並みを歩いていました。 カルチェラタンの、日本漫画喫茶? その後は、モンマルトルの丘に行こうということで、地下鉄を乗り継いで、アベスという駅に行きました。モンマルトルの丘は確かにものすごい丘で、地上に出るまでものすご~~く長い長い階段を上がりました。疲れた・・・・。 あまり自信がなかったのですが、その広場からもさらに階段を上がって、あがって・・・なんとか有名なテルトル広場に出ました。 このあたりから天気が雨っぽくなり、わたしの疲れもピークに達し、だんだん夫といることに気持ちも疲れてきました。実は最終日なので、わたしは国鉄の駅を撮影したかったのです。カフェで、別行動しようよ、と言ったら夫がなんか怒って、「わかったよ、一人で行けばいいんでしょ」とか言いつつ、テルトル広場で背を向けてズイズイとどっかに行ってしまいました。 なんとなく後味の悪い別れ方をしたので、雨の中、暗い気持ちになりつつ、フニクレールで降りようとしたのですが・・・・なんか道がわからない・・まずい、道に迷っている・・・・・だんだん暗くなるし、一人で心細くなりました。道がわからないまま坂を下りると大通りがあり、癒しのように「METRO」の文字が見えました・・・わたしの記憶ではこんなところに地下鉄駅はないはずなのに・・・まあいいや、助かった・・・・。 それはラマルクコーランクールという駅で、どうもわたしは南北を間違えていたらしいのです。 そしてひとりで、国鉄・サン・ラザール駅に行きました。もうフランスの国鉄を観察するのも最後です。慣れてくると、フランスの国鉄駅は、ほんとうに素晴らしい場所でした。駅から出るすべての列車情報が、大きな電光掲示板に掲載され、人々はそれを見上げながら自分の乗る列車を待っています。 フランスの国鉄は、列車のホームまでは誰でも入れるようです。なので、よく映画とかで、列車と併走して見送る別れの場面が可能なのでしょうね。 初日にはあまりあたりを見渡す余裕がありませんでしたが、こうしてサンラザール駅にたたずんでいると、みな、人のよさそうな人ばかり、基本的には安全な雰囲気の場所だな、と感じました。犬を連れた人がいます。元気な子供が走り回っています。会社帰りのような女性がいます。そして、美しい駅員が、出発した列車の安全を、モニターで確認しています。 モニターは日本のみたいにカラーでも鮮明でもありませんでしたが、緊張感のある駅員の背中に、安心感を抱きました。 この世界に鉄道は生まれ 鉄道のあるところに駅員が生まれました 国境 地域 人種は異なれど 駅員さんは いつだって 背筋を伸ばして まっすぐにレールの先を 見つめています 鉄道のレールがつなげる世界 駅員さんが指差す地平のかなたに また別の駅員さんがいて  世界は緩やかに つながっているのでしょう 今日も安全な鉄道を ありがとう パリは旅人に優しい街で、去りがたく、ちょっと涙が出ましたが、夫が心配しているといけないので、19時頃ホテルに戻りました・・・・ ・・・なんだ、いないのか・・・・。 ・・・・・少し不安になりつつ、ひとまずお風呂に入りましたが・19時半・・20時・・・・夫はなかなか帰って来ません・・・・ ・・・まあ、か弱き女性ではないし 地下鉄一日券も持ってるし、お金もあるし、わたしよりは方向感覚も良いし、パリはそんなに危険なところじゃないし、モンマルトルからホテルは徒歩圏ではないにせよ近いし、さんざん地下鉄は乗って慣れてるだろうし、何より夫が自分から一人で歩いてやると言ったのだから大丈夫とは思うけど・・・・ ・・・でも夫もわたしと同じくらいトイレ近いし、地下鉄路線図は老眼でなかなか読めないとか言ってたし、フランス語どころか英語も苦手なようだし、ホテル名もホテルの駅名もちゃんと覚えているんだろうか・・・ ・・・わたしはこうして心配かけぬように北駅の撮影をあきらめて早く帰ってきたのに・・・夫はあまりそういうことを考えないんだなあ・・・しんぱいだあ・・・・・などと、フランスへの恋しさもあって風呂で泣いていたら・・・ 夫が20時すぎに帰ってきました・・・(わたしが文句を言いそうな)邪魔くさい土産物をいっぱい持って・・・・。 話を聴くと、夫はいったん丘を降りて地下鉄駅を確認したあと、わたしが道を間違えて乗れなかったフニクレールで上って再びモンマルトルを楽しく堪能し、モンマルトルのカフェでクロワッサンを美味しく食べて、帰りはまたフニクレールで降りて、サンラザールまでショッピングを楽しみながら楽しく帰ってきたらしいです・・・・一人で歩いたのがよほど楽しかったようで、ずーっとモンマルトルの話ばっかりしていました・・・ ・・・わたしのほうが方向音痴だったようです・・・・。 あと、夫ほど体力のないわたしが一緒にいたら上記ルートは絶対無理だったと思うので、やはり時には別行動するのが良いんだなと実感しました。 しかし、帰ってきてくれて、よかったです。神様、仏様、ありがとう。 最後の夜は、すごい雨だったので、ホテル近くのブラッスリーでチキンをいただきました。 そういえばクリスマス、ノエルです。 唯一、クリスマスらしい夕食となりました。美味しかった。 このとき、率直にいって、こんなに幸せでいいんだろうかと思いました。 夫をはじめ、家族、友人、仕事仲間、街の人々・・・多くの支えがなかったら、こうしてパリでクリスマスを楽しむなんてことは出来なかったでしょう。また、健康がなければ、こうして無事に旅を終えることも出来なかったことでしょう。父の定年後に夫婦旅行を楽しみにしていたわたしの母は、予期せぬ病でその夢を果たせませんでした。 感謝の気持ちを持つこと、心の強さを持つことの大切さを、パリで教わりました。 そして翌日朝にホテルを出て、JALに乗って帰りました。 東京の朝の陽射しは目にまぶしく、最初に見た駅員は東急、これもやはり目にまぶしいものでした。駅にはトイレ、こんなに綺麗なトイレが、無料で使えるの!!・・・感動の嵐でした・・・・ と、そのようなわけで、長々とした旅行記にお付き合いいただき、ありがとうございました。見たものを見たままに書いていますので、単なる思い込みや、事実誤認などあったら、ごめんなさい。 2011年1月21日 追記 その後、パリで食べたご飯の記事を書きました →