駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

愛の小田急・トボリーノ

今日はなぜだか小田急に逢いたくなった

小田急に逢わねばならぬ、と、何かに背中を押された

そんなとき、わたしが行くのは トボリーノ駅だ・・・

川のそば、日暮れはここに落ちてゆく、思い出の寝室、トボリーノ。

JRの南武線の駅を抜けた瞬間

小田急の風に包まれる

小田急とは・・・こんなふうに、さわやかな青い風を運ぶ、存在なのね・・・

トボリーノ駅の改札を抜けると

なぜか向こうから走ってくる駅員の姿

青い 青い 姿が見えた

知らなかったが、今日は花火大会か何か、あるらしい

すごい人出だった

閉所恐怖がやや再発した わたしは

小田急の急行に乗ることに まだ 腰が引けて・・・・

各駅停車に乗り込む

すぐに和泉多摩川に到着する

ああ、小田急はわたしに危害を加えない・・・かも・・・しれない・・・

狛江駅で停まっているとき

となりの線路を駆け抜けるロマンスカーEXEに驚く

ああ、そうか、複々線化したんだ・・・

小田急は、静かな黄昏に、こんなに、乗客のために、努力を、してきた・・・

急行に乗れない呪縛を 解かなくてはならない

今日なら 出来そうだ・・・

というわけで 成城学園前で 急行に 乗り換えてみた

それは 下北沢まで停まらない急行ではなく

途中の経堂で停まってくれる急行だった から

経堂の文字が救世主に見える、ありがたい

「ドア、閉まります」

そして 小田急特有の間 ゆるやかに ごっちんごっちんと発進する列車

閉所恐怖の始まりは 

身体の芯がしびれることから

足の先がしびれることから

そしてその末端のしびれが内臓に届き

腹部をジンとさせるとき

何かよくわからない恐怖感が押し寄せる

その波は

だけど 今日は その波が ゆるやかに消えてゆく・・・

何事もないときの小田急はどうしてこんなに素晴らしいのだろう

加速してゆく急行電車

その 無事に進んでいますというメッセージに

わたしの恐怖感は あっという間に消えてゆく

いま通過する千歳船橋の安全を確認する車掌のまっすぐな美しい背中

ヨシっと伸ばされた真っ白な手袋の指先

夏服 薄着の車掌の青々しい背中

それでこそ小田急

ほんとうに小田急

・・・ああ小田急の魂は末端にこそ発揮されている・・・

そのまっすぐな指先や

磨かれた靴の先

シンコーっという声、よく透る、おだやかな声

小田急の乗務員のもたらす魅力とは

末端にまで手ぬかりのない

美、なのだ

何事もなき小田急のリズムが足並みをそろえる

夕映えの進行するリズムに呼応し

そしてわたしの体内のリズムとも唱和する

ああ、いま、小田急こわくない、

ああ、いま、小田急に守られている、

わたしに利用されてきた小田急

わたしを高校生にした小田急

わたしを大学生にした小田急

わたしを急行に乗れない身体にした小田急

わたしを駅員や乗務員の美へと向かわせた小田急

いつも、いつも、好きも、憎いも、あらゆる感情を呼び起こした、宝石箱のような、小田急・・・

複々線化によって 進化を続ける 小田急・・・・

いつも自由が欲しいと願っていた

満員電車で運ばれる人生なんて まっぴらと

でも そうではなかった

お客さま、ようこそ小田急へ、と

車掌の腕の中に抱かれた瞬間

わたしはいっきに崩れてしまった

もうかたちなんていらないのです

小田急を信じるというその気持ちだけで

もうかたちなんてなくなるのです

誰かの望む、好きな形になりたいのです・・・

たとえば

カーブの形に変形する駅員、

駅員の身体の輪郭こそ、定規で引かれた、美しきもの・・・

自分というものがだんだん溶けてゆきます、そのたびごとに、幸せを感じます・・・

ただいまの ホームウェイに溶けていった、新宿駅の人々は、みな。

終着駅の新宿に到着した電車

気づかず寝ていた女性を

ちょっと 起こしてみた

女性は照れくさそうに、あらっ、気づかなかった・・・と苦笑い

小田急はあんまり素晴らしいから

電車に乗っていることすら 忘れて眠ってしまうのね

小田急の車掌はあまりにさりげないから

そこに車掌がいるということも

  ・・・ああ、今、車掌が 気配を 消した・・・・

みんな みんな 忘れてしまうのね

わたしもいつか忘れてしまうと、いい

そこに小田急の車掌がいるということも

いま小田急に乗っているということも

小田急という、夢をもたらす装置が、この世界にあったことも、

青い青い夏のたそがれに

忘れてしまうと、

いい

のに