駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

よくよく晴れた日曜日でした

晴れたけど寒かった日曜日、わたしはちょっとだけ仕事で出かけていました。

海辺の駅で、京急の駅員を見ました。

波音のセレナーデ、肩の辺りの青い線、新しい制服はちょっとだけ違和感を感じないこともないのですが、それでも京急は個性豊かに美しく、すっくと立ってるひねりのある胴体、入り込んだ腰、日差しを浴びて駅員はあくまで透明、明るい駅員の笑顔がのぞく・・・・京急というと明るいイメージがありますね。

それで、京急のサイトをみていたら、キッズ向けのページがあり、そこのリンクに、他の電鉄のキッズ向けサイトへのリンクがありました。

いちおう全部見てみましたが、東京メトロのサイトは豪華すぎて笑えました。東京メトロキッズ大学でしたか、大学という設定なんですよね・・・・全般的に笑えますが、とくに有楽町線のキャラが笑えます・・・・おしゃれに敏感な准教授の有楽町士郎というキャラになっており、副都心線と結婚して豊洲にマンションを買ったらしい・・・・・なんじゃそりゃ。

わたしが折に触れて書いている、みんてつ新聞コンクールの受賞作が読めるサイトもありました。→ 

はははは、なつかしい吐瀉物たちだわ・・・・・。

富山の万葉線に関する新聞などは面白かったです。地域色のつよい新聞は面白いですね。

でも、受賞作のなかで、マナーに関して書いてある新聞は、なんか「小学生の頃のいやな感じ」を思い出してしまいました。

子供というのは、どうしてこう、こんなことを書いたら大人は喜ぶだろうというふうに先取りしたことを書くのでしょうか。「お年寄りには席を譲ろう」「電車はあなたの部屋じゃない、マナーを守って気持ちよく乗車」という標語はあまりに正しくて、もう言い返すすべもありませんが、それを子供が先取りして、当然のように人に主張してしまうというのはどうなんでしょう、いやだなあ。

子供の頃は自己中心なもので、お年寄りがどんなに苦しいか分からなくても、あるいは、どんなに人に迷惑をかけているのか分からなくても仕方がないことで、その分かってなさや分かってなさに関連する痛みに後から気づくことのほうが大事なのではないかなあ・・・と、無神経きわまりない悪い子だったわたしが自己弁護のために書いております・・・わたしはぜんぜん大人のいうことを聞かなかったなあ・・・。

変わりない日常です。仕事のうえで、「本当は自分がAを学ばなくてはいけない立場なのに、Aを人に教えなくてはならない」ということがいくつもあり、わたしで大丈夫なのかなあと思ったり、いろいろ勉強しなくちゃ・・・と思ったりしています・・・。でも、気持ちは元気なので、大丈夫でしょう!

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