駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

ダンスを見たり書類を書いたり

今日は、仕事しつつ、事務所の近所で行われたダンスを観にいったり、また仕事場に戻ったりしました。

ダンスは、白塗り宇宙人?のハナケンゴさんのケンゴさんこと倉持健吾さんが出ているのです。

「mami dance space2008」というもので、いつもダンスってすごいな~と思うのですけど今回もすごいな~と思いました(ああ、語彙が乏しい・・・)。

場所は五反田のガレリアホール。五反田駅からすごく近くて、望遠鏡を使えば高架線の駅員が見えるような近さです。

・・・ここいら一帯は駅員を観察するには絶好のスポットではないかな・・・と思ったことは内緒です・・・。

ダンスに使われている音楽っていいですよね、何かが足りない感じというか、何かの関与を待ち続けている音楽。ダンスの場合は、動きを待ちわびている音楽ということになるのでしょうか。ポエトリーなら、言葉や声の音を待ちわびている音楽。

待ちわびているばかりでなく、音楽は誘い、こちらを招いているのですね。

そこに入り込む人間の動き、人間というより、動きそのもの、かな。

うーん、人間というのはダンスを秘めているんだなあ。

わたしはステージとかやっているわりに頭でっかちで、ダンスのかけらもない人間ですが、自分のなかのダンスをちょっと引っ張られたような気分。

わたしもダンスを持っているのかな。

洋服ダ・・・

いや、駄洒落はよそう・・・。

あまりにダンスに入ったので、帰りの電車で、周りに居るこのたくさんの乗客たちはなぜ踊らないのだろう?と不思議に思ってしまいました。

夕刊紙の文字が闊歩する都会で、肉体を使って踊っているのは駅員ばかり、尖った背中、締まった尻、赤い旗を持った駅員のダンス、ターミナル駅で空気を整えていました、ええ、駅で踊ってよいのは、わたくしだけですとも。

仕事場に戻ってちょっと書類仕事をしていました。やっと少しだけやる気が出てきたかな・・・。がんばろう!

それにしても、世の中、英語を勉強だと思わずにスイスイ取り組める人がいる一方、わたしにとって英語というのは、仕事上仕方なく苦しみつつ取り組むものでしかないのだなあ・・・と実感します。英語に対しては意識改革が必要なのは明らかで、本当に本当に苦手です。

それでも昔よりはマシになったと思うのですが、脳の具合がよい時じゃないと英語は読めないな・・・と思います。

もしかしたら、うつ状態で苦しい人が、状態の悪いときには日本語の文書が読めないと訴えるのは、こんなふうな感じなのでしょうか。

ああ、英語が好きになりたい。

昨日の記事で「明日の記憶」とあるのは「明日の神話」の誤りでした。すみません。「明日の記憶」は映画ですよね・・・はずかしひ。

また、「明日の神話」の除幕式があるかどうかは確認できませんでした・・・・一般公開が11月17日ということのようでした。不確かな情報をすみませぬ。

とりとめがないまま終わります。