駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

にっきにっきの記

その駅の駅員がいつも好き

地下鉄が乗り入れている その駅の

高架線から見える細い用水

ぽん ぽん カフェのあかりが ぽんと光っている・・

秋にも桜の木、咲いてはないけど立ってる、よ、

駅員さんも、咲いてはないけど、立ってる、ね・・・

時間の壁で指差し確認

片手にカンテラ

片手にマイク

この駅の駅員こそが正しい切り絵の駅員の姿だ・・・・

わたしはそっとこの駅員を文庫本のしおりに挟み込む

まもなく当駅止まりの列車が参ります、お下がりください、お下がりください、

ホームを左右に見渡したときの

動かない地点が腰のくびれだ

その駅の駅員がいつも好き

西のほうからやってきたラッシュが

ふっと吐き出される この駅

ねむたい乗客も

元気な乗客も

急病人も

痴漢も

ああ、ここまで来たか、と、ほーっと一息ついてホームに下りると

ホームにずらりと並んだ駅員が

朝の疲れたあなたを抱きしめてくれる

ここまでくればもう大丈夫と

とろけ出す輪郭をいまいちど収斂して

朝まだ眠いわたしを抱きしめてくれる

◆   ◆

いろんなことがあったような、なかったような週末でした。仕事?で慶応大学病院に行きました。慶応boyは見当たりませんでした。万年筆のマークを見るとちょっとときめいてしまうわたしです。

今日はやっとスケジュールが合ったので、梅島ユーコトピアの下町ポエトリーリーディングに行きました。オノヨーコが好きなのはもともとですが、なぜかオノヨーコは歌から入ったのでそのアートに詳しくなかったわたしは、ヤリタミサコさんの本でフルクサス等の流れを学んでいるところです。

わたしはちっともartに親しむような成育ではなかったせいか、美術というかart全般のもつ意味があまり分かってなかったように思います・・・わたしは恐ろしく常識がないので、こんなことも知らずにこんな年になったのかと周りの人に驚かれることが多いのですが・・・前衛artの歴史などを見ると知らないことばかりで、面白いですね。artってすごい、なにも感じないとそのまま流れてゆくけど、それに気づいたらもう流せない。ただでさえ前進できないわたしが、ますます立ち止まって考え込んではもうそこから進めない、進まないぞ、と思わせる・・・。

きょうのpoetryでは糞について述べたような記憶があります。糞を肥料に草を育てて一ヶ月ほど、わたしは糞にもライフサイクルがあるんだなということを感じています。糞は出来立ての頃は悪臭を放つけれども、輪廻のわっかにもしも入ったとしたらその糞は一週間ほどでコナれるのだ、ということを。土とピートモスのお布団に包まれて、糞は優しくコナれるのだ。お菓子の袋なんてちっとも消化されないのに、糞は消化される・・・・いまこうしている間にも糞をコナしてくれている毛虫ダンゴムシのことをわたしは本当に信頼しています。わたしも仲間に入れておくれ。