駅員観察日記(はてな編)

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ど素人お洋服談義/柳田のり子

柳屋文芸堂のペンネームで小説を中心に活動されている方の、お洋服をテーマにした小説集です。


あとがきによると?「自傷行為にフリフリ服」とのことで、癒しとしてのピンクハウス的な衣類というような感じのストーリーですが、いや、しかしそういってしまうとなんか小説の深みが伝わらないような気がします・・・・・。あくまで明るくクールな筆致で描いているので、読みやすいです。


読みやすさとは裏腹に、自分が漠然と考えていたことが、すごくはっきりと描かれているような気がして、なんだか分からないけどショックを受け、この冊子がわたしに与えたショックが何なのかまだわからないまま、洋服ってなんだろう、身体とは・・・・なんて考え続けています。ほんと、作者はこんなに明るくオープンな筆致で描いているのに、なぜそれによりわたしはこんなに自分の過去をグチャグチャ考え込んでしまうのだろう・・・・。


「いつまでも少女のようでありたいと願い、少女のような格好をしていること」

と、

「そのひとは尖っている、怒っている、傷ついている、求めている、etc.」

ということの同義性。


こういう問題を語るときには他人のようなことを書いてはならない・・・・・わたしも、フリフリとして、過剰で勘違いした少女性を帯びた服が好きです。そして、20歳ごろはおおむねそんな服を着ていました。しかしそのころそれで何かプラスを得たかといえばそんなことはなく、何か非常に青年期ということで無駄にいろいろ悩んでいる時期で、ふわふわとした服によって何かプラスを得るというよりは、自分の醜い身体を出してはならないと、ひとまえに自分の身体の面積をある程度以上出してはならないという思いに必死で、他人がいつ自分の身体の醜さを指摘するのか、他人がわたしの身体になるべく気づかないように、と心配で胸が痛い日々、隠すことに必死でした。


無駄毛とか肥満していたとか、いろいろあるのですが、そもそもやはり身体そのものがいやでいやで仕方がなかった。それからずいぶん年齢を重ねて36歳の現在、ずいぶんそういうビョーキは軽くなりました。なぜだろう?

・・・気になる無駄毛を永久脱毛で追い払い、あと年齢のせいで無駄毛も弱ってきたせいか・・・・・・なんかちっとも高尚じゃない理由ですなあ・・・・・結婚したというのも、大きいかもしれませんね・・・・


・・・話がそれました。衣服というのは単に身体を覆う布地であるばかりでなく、人をどこかに連れてゆく性質をもつものであり、そしてある種の治療効果があるのだなあ・・・と実感しました。


自分の中の何かが自分を飛び出し衣料になる。


そしてその衣料が自分を動かし、自分の行動を変えてゆく。


もしも、逸脱した衣料を身に着けているひとがいたとしたなら、それはそのひとの治療かもしれない。

タトゥーも鼻ピアスも、過激なメイクも、息苦しい人が息をするための、シュノーケルかもしれない。


「普通の格好」が出来るようになった(と思う)今の強さに

思いあがらないように、この本を忘れたくない、と思いました。


一緒に入っていた小説もあわせて、とってもいい本でした。また数年後に読んだら、感想も変わって来ることでしょう、ね。