駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

夢見る夜のイリュージョン

二岡の背中に星々を背負わせていたのはたくさんのわたしなのだろう

バアン!と その肩の荷物を 降ろす 二岡の影

いや、荷物を降ろすのは わたしなのか

都会の駅にも砂浜はある

山手線ではよく女性の車掌を見かける

丸みのある帽子と グレイのベスト 優しげなスラックス

押し寄せる波 光り輝く星

女性であることが 彼女から先立って押し寄せてくる波となる

女性が 女性であることが・・・

どうしようもなくわたしたちに押し寄せてくる

 「女性ならではのサービスをプラスアルファで提供しましょう」

そんな、凄まじい、女性であること、の、なんともいえぬ、高波。

女性であることからは 自由になれないのね。

女性はいいね、素晴らしいね、そんな声が聞こえてくる

ああ、この女性は俺が抱ける女性であるのか/or not ?

抱ける女性ならばその身体のスペックはいかばかりか・・・

・・・・女性の車掌は車掌である前にアテンダントであることを引っぱり出されて

かわいそう

ああ、たしかにわたしも女性の車掌にはあまりときめかない・・・ごめんなさい、女性であることを、丸い帽子から、すぐに読み取ってしまって、それで醒めてしまう・・・(なんなんだ~?)・・・だけど、乗り物に酔うわたしにはなれないお仕事、がんばってください、応援してます・・・。JRの女性車掌、若くて素晴らしい笑顔のあなたが、女性という概念より車掌という概念で見られる日が来るといいなあと願っています。

女性はお化粧するのが身だしなみ、だなんて言葉、なければいいのに

ホスピタリティのプロフェッショナルなんて概念、なければいいのに

「必要な仕事を行うだけではなくてワンランク上のおもてなしを」、なんて主張がなければいいのに

ケアワーカーが優しい性格だなんて神話、なければいいのに

「電車遅れましたことを・・・」で始まる言葉だけの謝罪など、なければいいのに

だれかを見つめて思うときに よけいな衣類をかぶせるような想像力なら なければいいのに・・・・

・・・・あああ、勘違いしたドレスアップをしているのは、いつも、わたしじゃないか・・・・

・・・・わたしはわたしの愚かさを思う

実際には「ない」と言われているものを あるかのように思う能力だけ 高くなって しまった・・・助けて!メスメル・・・・

・・・と、話がそれた 二岡の話だ・・・・

二岡 重たい荷物をほどいて全裸になった

二岡 気持ちよさそうだね 二岡 すっきりとしたような顔で

砂浜で 素振りをしている

二岡が笑っている ・・・いい表情で 笑っている

はじめてだ そんな笑顔を 見たのは・・・・

二岡君・・・と呼ぶのはこれで終わりでしょうか

二岡はあんまり遠くにいたから すぐ隣にいたような気がしていました

いま 二岡の星は 地上に近づいて その距離の分だけ 

レースの窓辺から はるか遠ざかる・・・・

二岡を愛しているひとびとがいま 御礼を言うよ ありがとう二岡 ありがとう二岡君 夢を・・・・夢見る夜の逢瀬を・・・・ミルキーウェイの旅を・・・・ありがとう・・・それは数年前 さびしい地上の夜に ほとんど徹夜の勢いで 二岡について 絵や文章を書きなぐっていた たくさんのさびしいわたしが パチパチ燃えるキャンプファイヤーの光の中 ありがとう ごめんなさい お元気で・・・言うよ・・・

まだもうすこし ここにいてもいいですか

イリュージョンにディスをつけずに 波音を聞いていたい そんな夜です