駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

駅員さんが響く、体内に

あ~~~駅員さんを感じる・・・・・

と、横浜駅ではいつも、そう思う

左にJR東日本の駅員

右に京急の駅員。

ああ、きらめく駅員に挟まれて、秋の日差しはうららかに、フリースローの夢を見る。

駅員の制服にも時代性がある・・・

とすれば

JR東日本のチャコール・グレイは まさに現代の駅員の色

袖口にきらりとアクセント

ああ、これも平成の駅員の あり方なのだ

手で合図を送る職種の人間がもつ

かなしいほどの

絶対的な 手首のかがやき・・・

・・・JR東日本の駅員がお風呂に入るよ

水が転がるそのたくましい腕には

すでに 刻印が 残されている

今どきの駅員・・・

それが JR東日本ね・・・・

いっぽう

京急の駅員は いまどき滅多にみないくらいの

青い・・・青い制服。

だれもが駅員といえばそのような色を思い浮かべていた時代もあった

そんな 青み

そんな 青だ

駅員さんが改札に座ってオハヨウゴザイマスとほほえんでいたころの

朝の光にとけて行く

青 なのだ

◆   ◆

仕事が忙しい・・・というか、本当はそんなに急ぐことでもないのに、気が急いていて何も出来ないような、そんな気分です。本当につまらない仕事に、一日かけたり。あほだ・・・。

そんな中、下にも書いたようにゆるい本をたくさん読み(Google誕生、とか、ブログ炎上、とか、宮沢章夫さんの本とか)、すごく楽しい気分です。

特に「Google誕生(イーストプレス)」は分厚い本なのに、いっきに読んじゃいました。論文を書くだけが研究ではない、という言葉、研究と実業の重なり合い、そして研究とは荒唐無稽のような楽しいことであるということ・・・ちょっと美化されているきらいはあるのですが、読んでいて興奮がありました。

この手の本のどれにも書いてあることですが、ネット社会では表現する敷居が下がっていること、それは肯定的な変化であること、仕事とプライベートの境目がなくなること、それは労働の本質を見直すきっかけになること、やりたい気持ちや表現欲が、消費される制度に吸収されぬように気をつけるべきであること・・・・すごく心に残っています。本音をいえばもう少し遅く生まれたかったけど、でもこの時代に生きていて、わたしはとてもうれしいなあ。

わたしは年を重ねるたび、夢でいっぱいになっています。

◆   ◆

前のブログで書いた、桑原滝弥さん×神田京子さんの結婚イベントにも行ってみました。築地本願寺ブディストホール!すごい名前です。築地本願寺ははじめて行きましたが、日本の寺という感じではなく、小さい頃住んでいたジャカルタのモスクみたいでした。

まだツアーが残っているようなので、ネタバレしないように書きます・・・。

結婚イベントは、わりとちゃんと「結婚」していて、明るくめでたい感じでした。わたし自身はあまり結婚に対して思い入れがないので、舞台表現の方向性が結婚という一方向に収束してしまうのは少しモッタイナイような気にもなりました、が、しかし本当はその方向性を意識した出し物がいちばん面白く、かつ感動もしたような・・・。

リアルのちから、なのかな。

うん、ゲラゲラ笑って、少し泣けました。面白かった。

でもアンチ結婚みたいなひとがいてもいいように思うし(わたしは自分が結婚してなかったらきっとアンチ結婚制度だったと思うし、結婚した今もまるで結婚してないような生活だ)、そんな人の表現も守られる社会であってほしいと思います。

ああ、結婚が絶対的に美化などされませんように・・・・・。