駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

満員ラッシュにくるまれて

きょうは久々にラッシュにもまれてしまった。

ラッシュが好きだって人はいないと思うが・・・それにしてもギウギウであった

手も足もカバンも固定されて、もうここにいる乗客は誰も手も足も出ない

 ・・・まもなく 大井町 大井町・・・・

薄い空気のシルバーコロッセウムの頭上に

車掌がふっと訪れる

ああ、車掌がきた。

やあ、車掌だね、じゃあ、あんしんだ・・・

京浜東北線が山手線とさよならするころ、動けない乗客のひとりひとりに車掌が 

   「来る」・・・

車掌はわたしに暖かい声をおかけになり・・・

わたしの頬を撫でてゆき

 ・・・それはそれは大きな手の長い指だった・・・・

頬ずりすら 

してゆく

あんしんして

しんぱいしないで

こどもは

ねていなさい

車掌はそれをこの10両目のすべての乗客になさっているようだった

激しいラッシュ

動けないひとびとにおいて有効でなくなるいくつもの身体器官

動けないひとびとにそれゆえに生ずる柔らかな若い芽のいぶき

オノヨーコが歌った、貧困や嘲笑は怖くないけどロンリネス、ロンリネスだけは耐えられない・・・・

あるいはお昼寝中のオス猫が夢を見ているときに突き出してくる赤いペニスの敏感さのように

春の竹林でタケノコの息吹を、しっ、耳を澄まして、ここ、ここだ!と見出す柔らかな部分、みたいに・・・・

満員電車で薄らぐ意識の中でどこまでもどこまでも弱く、やわらかく、敏感になってゆく部分がある、わたしたちはまるで幼児、わたしたちはまるで小児、何も出来ない、何も出来ない、知ってはならない、わかってはならない、だから、お尋ね申すのです、車掌に、車掌に所属をするのです、無能化された乗客の敏感でハニハニした柔らかい部分がいっせいに天井に向かってうるさいから、車掌はそのひとつひとつに向かって、慰めたり、あやしたり、可愛がったり、しなくてはならない。

電車に乗れない人があなたに抱かれて乗れるようになれるといいね。

ジェイアールの電車が走っている国に生まれてよかった。

電車に乗れて、うれしい。

車掌さんがいれば、あんしんだ。

うひょひょい、あんしんじゃ。

のっぴょっぴょ。あんしんじゃ。

・・・というふうに 頭部を車掌にあずけてきた わたしは

まだ 首から下だけで 歩いている

みたい。

■なんかやたらとバタバタしております。秋は気候もすばらしいので、いろいろな用事が重なってしまうのかな・・・・。野球では千葉ロッテクライマックスシリーズ第2ラウンドに進みました。クライマックスシリーズって言葉を聴くとちょっと胸がきゅんとするわたしです(なぜ?)加藤(哲)、って言葉の似合う季節になりましたね。わかる人にしかわからないことを書いています・・。スポーツの秋。

■12月末にライブイベント、2月ごろにもライブが入るかもしれません。いちばん近いのは11月4日の高円寺ですね。うーん、これ以上は絶対に出来ない!がんばります。