駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

Make-up diary, make-up story

■今日も本業でバタバタ~っとしていました。クライアント対応等々もあったのですが、いちばんの大仕事は、一年間以上もかかりきりになっていた原稿をいちおうのところ投稿をした、ということです。

ここから先は関係ない方には関係ない話題ですみません。論文投稿の話題です。

わたしは強迫的なので、原稿を校正に出して返ってきて、何日も何日も見直して、そこからまた数日おいてまた見直して(このあたりで微妙なミス、例えば「.」ピリオドを入れ忘れてるなどが見つかる)、また置いて見直して(やはり微妙なミス、たとえば文献掲載様式が微妙に違うなどが見つかる)、こんなことを繰り返し・・・・なかなか投稿する勇気がありませんでした。

昔から強迫的でしたが、それでも昔は至らない点ばかりの原稿を余裕で投稿していたものです・・・年々強迫性がひどくなり、それだけ完成度は上がっているのかもしれませんが、あそこにピリオドをちゃんと入れたか、あそこにミスがなかったか・・・・自分が苦しいという感じです。

(メルマガ「月報・松岡宮」も、すごく何日もチェックしてやっと出します・・・・)

わたしはよく仲間のドラフトなどを先に見せてもらい、論文の形式上の問題はないかチェックする役目を持つこともあります。わたしは、自分ほどドジで抜けている人間もいないかと思いましたが、仲間たちの原稿もそれなりにミスがあるんですよね。なので、そんなに気にすることでもないのですが・・・・

完成という点ではどこまで追求すべきなのか、きりがないのですが、強迫性が高まるとそれが気になって気になってしまい、なかなか投稿する勇気が出なくなってしまいます。それでは何にもならない・・・・「至らなくとも、出す」って気持ちがなくなってしまうと、いけない・・・・。

音楽の打ち込みも同様で、いまCD「車掌もひとりぼっち」など聞きますと、もっといい打ち込みが今なら出来るのになあ~と思う部分も多くあります。それでも、ある時点でそれを世に出す勇気も必要で、そこで反省したりしつつ、世に出すことで次にもっといいものを作れたらいいのではないか・・・などと自分をなぐさめています。

何がいいたいかというと、ずっといじくっていた原稿の投稿を果たした今となっても、あれはあれで良かったのか?ああ、何かミスでもあったら・・・などと胸が痛いので、珍しく酒など飲んでいるわたしでした。

■メイクアップルネッサンス

今日は、事務所に、メイクを習っているという友人が来てくれました。昨年の「熱中時間」のときに一緒にNHKに来てくれて、メイクしてくれた方です。メイクの課題があるので、わたしの顔を使っていろいろ試したい・・・ということでした。

わたしはあまりふだんメイクをしないので、いろいろ聞かれてもよくわからなかったのですが・・・・

覚えているのは

 「松岡さんのマツゲは下向きですね」

   

 「・・・みんな下向きじゃないんですか?」

という会話・・・。

マツゲの生え方に個人差があるなんておどろきです。

あと、アイライン?ってのは、なんかいやだな~~なんて思いました。私自身は薄い顔が好きなので、そう思うのでしょうか。

でも誰かに顔をヌリヌリされたりするのは気持ちがいいですね。マッサージされているみたい、何だか癒されました・・・・

・・・で

ふと気づくと、

眉毛が半分なくなっていました・・・・。