駅員観察日記(はてな編)

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斜め読みした本の記録




ぜんぜんちゃんと読んでいませんが、自分の備忘録としてそのへんにある本の記録。


★アーバン・トライバル・スタディーズ(パーティ、クラブ文化の社会学)/上野俊哉

月曜社、2005

クラブでDJを行ったり踊ったりしながら、そういった活動を社会学的に考察している著者による、クラブやレイブに関する本。

トライブ化、という用語が印象に残りました。トライブは人為的に作られた種族でありながら、それに属するのか、属しないのか、きわめて柔軟であり、一時的なものであるということ。自分自身もなんらかのトライブに含まれていること、何気ない日々の活動が、自分を社会的に位置づけるにあたり重要な役割を持っていること・・・。

わたしは保健学というバックグラウンドで、といっても、あまりそれもちゃんと学んでいませんが、社会学というのは縁がなかったけれど、とてもリアルで面白そうな学問だなあと思いました。生まれ変わったら社会学だ!


★モバイル社会の現状と行方(利用実態にもとづく光と影)/小林哲夫、天野成昭、正高信男/NTT出版、2007

1000人を対象として、ケータイの使用について実態調査を行っています。

7割の人がオフをオフにしない(=常時、受信できる状態にある)という結果が本書では強調されています。その根底には、メールを出して返事が来ないと不安になるから、自分も(もしメールが来たら)返事を書かねばならない、という思いがあることも考察されています。

携帯をオフにするか否か、というのはたしかにその人のコミュニケーションのあり方を示す重要なサインです。わたしは携帯電話やメール着信音に「びびる」ほうなので、寝るときにはオフにしていますし、けっこうオフにしている時間が多いほうかもしれません。これは、ときに交流を「切りたい」気持ちの表れかもしれません・・・。


★生き延びるための思想(ジェンダー平等の罠)/上野千鶴子/岩波書店、2006

また、わたしには理解の難しい社会学です・・・。いちばん後ろの対談が面白かったです。思想の多くは「死ぬための思想」だったけど、いま生きるための思想が必要なのだと。たしかに、「舞台で死んでも本望だ」と俳優が言うとき、その言葉を無条件に肯定していいのか。仕事などでは、現実に即した「ほどほど」な発言や提案はなかなか受け入れられないものです。死ぬ気でやる、といえばやっと納得されるような・・・。

高齢者のあり方では、長患いをせず、「ピンピンコロリ」と死ぬことがすばらしい、という考え方が根強くあります。長野県(高齢者介護にかかる費用が少ない、”優秀”な県)を発信地として、ピンピンコロリ体操まであるという話題が出てきます。

疾患とか、障害とかに対し、それを予防しようという考え方にはなかなか抗いがたいものがあり、もちろん有効なものもあるでしょう。ただ、認知症でもなんでも、みているとけっこう「なるときはなる」ものだと思うので、まあそれもしょうがない、と本人が受け入れられるような価値観も必要かと感じています。

すくなくとも自分には、安心して面倒をみられるような心理的準備が足りないような気がしていますので、どんなかたちになっても生きることを自己肯定できるような、「生きるための思想」を考えてゆかねばと思いました。

ほんとに、生きることの全面肯定、が、生きるには必要ですね。