駅員観察日記(はてな編)

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「浪人」ブームがやってきた

駅員さんに会えない日々です・・・。明日はどっかに遊びに行きたいなあ・・・。

さて、相変わらず漫画「子連れ狼」を読む日々ですが、浪人が出てくる話があって、とても面白かった。それでなんとなく「浪人」に興味を持って、いろいろ「浪人」で検索とかしています。

どこか、そういうものに憧れる気持ちがあるのかもしれませんね・・・・。

しかし、それと関係あるのかないのかわかりませんが、今年の初めは専門学校でアルバイトをしていて、すごく専門学校という存在が気になり、素直に「専門学校って、すごいシステムだな・・・・」と思いました。生徒の真面目さ、目標の明確さ、コンパクトでストレートな学問提供のあり方は、とても新鮮でした。すべての大学は専門学校を見習うべきだ、とすら思いました。

その後、立花隆の本を読み、教養も大事なのかなあ・・・とも思うようになりましたが・・・・。

なにか技能を学ぶには、それに関わるいろいろな学問について知っていることも大事ですし、しかしその技能そのものの深みを追求することも大事なのでしょう。車掌の体動はだんだんと無意識の、最短距離の美しい動きに変わるのでしょう。そこには動きの先読みと限りない修正のプロセスがあるのでしょう。そして車掌として立ち回るその動きのために綺麗に形作られた筋肉のあり方があり、仕事に予測される動き全体が身体に染み渡るのでしょう。車掌の身体を切れば流れる血液、すべてが車掌、車掌と名前の書いてある青い血液があなたには流れているのです、話がそれた。

仕事について考えると、一般就職をほとんどしたことがないわたしにはわからないことばかりです。仕事についてから、身につく技能のうつくしさ。そして、学問ばかり身に付けた博士のいざとなったら輝き始める脳細胞の美しさを思います。だれもがひとしくその技量を発揮できますようにと願います。浪人たちの刀が光る夏です。さいきんわたしにとってはすっかり静かな街、大波小波のすべての声は、わたしのように35歳で職につかぬものはあきらめて次の世代を育てることに夢中なようです、キッザニアに浪人はきっと行かないのですね。キッザニア、ほんとにキッザニアほど有毒なものはこの世にありません、行ったことないですけど・・・・。