駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮が描く東京の風景たち◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆

県境でふっと見送る遠くの鉄橋 東急線よ

題名に意味はありません・・・。ある路線、たそがれの一両目で、マスコンをしっかり握って身体を左右に揺らしている運転士を見ていると、ガキが、わたしの居る場所にきて運転士観察をしたそうな様子でした、が、譲るわけがない、譲る理由もない、当たり前だ、夕陽を受ける路面の列車、この、運転士の美しい切りたての後ろ髪を拝めるこのガラスの真後ろのスペースをそう簡単に譲り渡せるはずがないだろう、ないだろう・・・ふぉふぉふぉふぉふぉっ。

 何 子供と同じレベルのケンカしてるの?

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ふっと思い出すのは、いままで生きてきて、うそをつく人や、結果的にうそになってしまうことが多かったなあ・・ということです。そんなわたしも、約束したのに果たせなかったこと、誰かを待たせてしまっていること・・・いっぱいでお恥ずかしい。

話は飛ぶのですが、研究とかの分野で西洋に学ぶことは多々あろうかと思うのですが、日本が日本流ともいうべきものを編み出し、それを西洋に教えてあげるということがあっても良いのではないかということです。というより、かたちだけ学んでも、それは身につかないんだろうなあ・・・などと。

わたしはこの世に米国という国があることは知識として知っていますが、実感としてわかりません。ほんとうに米国ってのはあるのでしょうか。

小学校の頃、ひと一人の命は地球よりも重たいといわれました。

わーそうなんだ、と思いつつ、漫画の「子連れ狼」などを読むと、命ってのは別に重要でも重たいものでもないようで、現世ではハラキリだけど冥土で幸せになれよ、とか、現世でこんなことになってしまっては、命をもって償うよりしょうがない・・・そんな価値観がミッシリあふれていました。

 大臣も自殺してしまいました。

 自殺したくなる気持ちもわからないではないときもあるけど

 自殺、ってのは、その人の命よりも重視される何かが、その人の中にある

 ってことなんだろうなあ。

 

中学校の頃、同じクラスのKさんという人くらいしか話せる人がいなかったので、Kさんと話をしたりしていました。Kさんも友人に乏しい人だったのです。いい友情のようなものを持っていたように感じます。が、わたしの母はなぜかKさんと付き合ってはいけない、と言いました。おかげで、みっつくらい隣の団地、200メートルくらい離れたKさんの家に行くのに、わたしの母にみつからないように遠回りして行ったりしました。見つからないように駐輪場を通って、するりとKさんの家、スーパーマリオできのこ食べていました。Kさんのお母さんは、マツオカさんいつもうちの子と仲良くしてくれてありがとう、と言いました。中学のころ、なぜか漫画家になろうと思っていました。

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ところで、いままで、すべての男性はわたしの話をまじめに聞いてくれなかったなあと思います。わたしの話は面倒くさくて、相手に要求ばかりするので、だんだんわたしといるのが面倒になるのでしょう。反省するばかりです。さて、わたしの夫はわたしを矮小化することで、わたしといることのイヤさを乗り切っているようです。

つまりわたしは、子連れ狼でいうところの大五郎だと夫はみなしているようで、それにより、わたしのふっかける議論は子供のたわごとだと解釈し、「また妻がムズカシイことをおぼえてきたかあ、働くこともできない妻が何かブツブツ言っている、そんなことよりおねんねちまちょう~~」などといって解決しようとしています。

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 ところで今日の日記に子連れ狼ばかり出てきたのですが、これは仕事関係の人にお借りして、いっしょうけんめい読んで、我が家ではちょっとしたマイブームとなっているのです。むかしのひとってほんと、ささやかなことで斬りあってるんだな・・・。