駅員観察日記(はてな編)

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着付けを習い始めました

もう12年前に死んだ母の着物が実家に死蔵してあり・・・

父が倒れたことをきっかけに それを自分の家に持って来た

さて 捨てるか 売るか 手芸の材料にするか・・・数か月間考えていたが

いろいろあって

着付けを習い 自分で着ることを めざすようになった

着付けはショップで小規模に行っているものです

何度か相談に行ったりしつつ この間は第一回の講習を受けた

たったそれだけの体験なのに 

世界の見え方が 変わりまくっている

夫がそれを 所作といった

その 所作というものを 実感する

たとえば着物を着るときには 紐などを左の台に置くことになっている

そして着物を持つ時には人差し指を入れてこのくらいの角度で持つのだ・・・

などなど・・・

結果が良ければいいというものでもなくて

本当はよくわからないのだけど

ひとつひとつの動きが 試されている

ああ、わたしはよく批判した、

「西洋の制度だけを導入するなと、精神や根拠を知らなければならない」

なんて 偉そうに思っていた

日本の着物も同じだったのだ

結婚式などでただ着せられていたけど、それではいけないのだ、

日本人だからかえって気づいていなかった

着物に関する全てには 成り立ちがあり

わたしは そのいかにも日本的な成り立ちについて 知らずにいたのだ

服を着るのに 首の後ろの空間が重要視される世界観を持たねばならないし

着替えるときの指の使い方まで問われる世界があるだろうか?

なんて無知だったのだろう

日本はそういうもので動いてきて

いまでもきっとそういうもので動いているのだ

ずっと

文字と数字で出来た抽象的な世界に生きてきました

その世界で結果を出せば 

人から褒められたり

ある種の権力が得られたり

肩書やお金がもらえたり

しました

でも 言葉や数字が マクロなものを語ったとしても

この世界は それで 動いているわけでは なかったと

やっと 気づいたのです

 

今日は神楽坂に行きました

たった一日 着付けを習ったというだけで 

神楽坂という街が いままでと違って見えてくる

嗚呼 神楽坂は 蒲田ではないのだ・・・

ここは華の街 

お洒落に外見を飾ったものたちが きらびやかに 華やかに 歩いている

そんな誇らしさが 新しい施設「la kagu」にも感じられました

神楽坂駅2番出口そば、あまり何もなかったところに、こういう素敵なスポットができてうれしいです。

ホットドッグ、パンもソーセージも大きくて、1食ぶんくらい、ありました。

満足まんぞく。

いつもライブさせていただく神楽坂エクスプロージョンが近く、今日はたまたま

知り合いがたくさん出るイベントでもあったので、立ち寄ってみました。

ビジュアル系イベント。

着付けを習いはじめて世界観が変わってきているわたしにとっては

ビジュアル系のきらびやかな世界は、いかにも神楽坂に相応しいなという気がしました。

上の写真は、9月の神楽坂で一緒に出演した吉法師さん。

和風ロックに似つかわしいダンスとトーク、ふるまい・・・これが「所作」か・・・と、感銘を受けました。

わたしのこと、覚えていてくれて嬉しかったです。

イベントご出演の皆さん、とても衣装が華やかだった。

そして舞台も華やかさを志向しています。

わたしは、神楽坂という街がそういう街だということにやっと気づき、

なんかわたしのように身なりに気を配らない地味な人間が、こんなところでイベントするなどと、怖いもの知らずだったなあと、ちょっと恐ろしくなってしまいました。

とかなんとかいいつつ1月23日イベント持たせていただくんですが(~~;)←宣伝。

そして、新宿三丁目クリシュナでベリーダンサーのさんごさりあさんが踊ると聴き、

なんとなく、フラーっと行ってみました。

最近、三丁目でよく夜遊びしてますね★

ファイヤーすごい。

ベリーダンスいいな~。

あああ、ほれぼれぼれぼれ、いいなあああああ~~~~~。

着付けを習って世界観が変わった(←しつこい)わたしにとっては

目に飛び込む、身体性、身体の動き、みたいなものが、今は新鮮に感じられます。

それは、ずっとこの世界にあったものなのに、

なぜ今まで、見えずにいたのでしょう。

文字や数字で世界が動いていたのではない、

文字や数字よりも、おっぱいやお尻で世界は動いていたのかもしれない、

言葉以前の世界があって、わたしたちの生きる世界を動かすものの大半はそっちなのかもしれない、

うん、きっと、そうだ・・・

指の動き

腕の動き

目のまたたき、表情、

そんな小さなもので 世界は生み出され続けているのでしょう

・・・なんて繊細な世界。

優れた駅員がプラットホームに立てば

空気がぴりっと四角くなる

そして乗客はぴりっと空間を守ることが出来る

「電車 到着しています ご注意ください」

その声のトーンで

駅員はホームを支配することが出来る、

それこそが、衣装を身にまとった駅員の、所作、とでもいう、もの。

着付け教室もいつまで続くか判りませんが(←おい)

自分の動きなど なにひとつモニタリング出来なかった

鈍いわたしが

日本というものを 学ぶことができれば いいなと 思います

にっくき日本

にっくき風習

にっくき儀式

にっくき「和」

にっくき「空気」

・・・・

でも この日本は 西洋を見習った制度設計の通りに生きているわけではない

言葉や数字の通りに生きているわけではない

それは怖い とても怖い 

いつもわたしには敵だった 

日本的、なるもの。

着付けを習うのは 精神的にもきついことですが そんなものと握手できる きっかけになればいいなと思います。