駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮の日々の記録◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆LIVE予定、11/4大久保ひかりのうま、11/19難波「音」、11/27神楽坂カグラネ、12/7碑文谷APIA40◆

装うということ~ハロウィーンパーティー

ハロウィンイベント 終わりました・・・。

ハロウィンといえば 仮装です。

わたしは カンガルーの着ぐるみを来て 舞台に立ちました。

しかし 出番まで 時間があったので

DJのゆきえさんに メイクをしていただきました。

こんな感じ。(撮影:ダイジロウ♀さん)

メイクというかペインティングは普段あまりしないので

なにやら 物珍しく わくわくするような時間で・・・

仕上がりは こんな感じでした。

右から、ゆきえさん、ダイジロウ♀さん、松岡。

自分ってこんな顔だったの?

と 気づかされる今日このごろ・・・・。

メイクとか 衣装の変化って 怖い。

服装で顔が変わるんだなってこと こんな年になって はじめて 知った・・・。

きっと 抵抗があったのですね。

自分が自分でないものを装うときに得られるものが

はたして自分に向けられたほんとうの何かなのでしょうか と

装えば装うほど人に愛されたりするけど

いつか 化けの皮がはがれるのじゃないかと 怖かった

駅員の全裸

が おそいかかる

駅員の全裸、という概念が、とても、怖い。

駅員がもしも制服を着ていなかったら それは駅員なの?

シャワーを浴びる駅員、という日本語がありうるのだろうか?

あるいは買い物に出かけたままの迷子の駅員・・・

駅を離れたら駅員ではなくなってしまうのだろうか?

らっきょうむいては泣いてしまう

わああ全裸は駅員さんじゃない・・・!!

ひとが 装いとか 環境で かなりの部分 変わってしまう ということが 怖かったのです

ふいに鬼婆になる母の笑顔

ふいに殺人鬼になる父の寝顔

服を脱いだ途端に 男と女に変わり 求め合う 両親のすがた

駅員もそうなのでしょうか

全裸は駅員さんじゃない

だけど それが世界の 真理だったのですね

昨日はそんなふうにペインティングしてもらって 結構 舞台で綺麗に見えるよと 褒められたりして 嬉しかったのですが

自分としては シンナー中毒のやつれた顔に見えてしまい・・・

自分のこととして メイクを受け入れるのは まだ先になりそうです。

舞台そのものを褒めてくださった中延方面の方もあり 嬉しかったです(^^)

手を抜かずに準備してよかった!

楽曲はこちらをやりました。

1.骨み骨むとき骨が好き

2.立体 ←新曲!

3.VESPA!

カンガルー衣装も楽しくて、やっぱりライブが好きだなあ・・・って思いました。

そして、なんだかんだで結局、終電になり、トイレは阿鼻叫喚!駅員さん大変そう!おおおお。

ハロウィンパーティーを終えて カンガルーの着ぐるみを脱ぎ捨て メイクを落としたわたしは

ただのつまらない平凡な乗客でした。

駆け抜ける駅員の注意もひかず 静かに帰りました。