駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮の日々の記録◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆LIVE予定、11/4大久保ひかりのうま、11/19難波「音」、11/27神楽坂カグラネ、12/7碑文谷APIA40◆

わたしたちは駅員によって大きな死から守られる

朝のラッシュに立ち向かう駅員を見てごらん

ホームの前から後ろへ 右手をグルリと廻して

黒さを、黒さを、お祓う、コートの身体が

おはようございます

白い石でできている駅員の皮膚に触れようと

乗客はみな駅員に夢中

朝のラッシュは夢のまだ途中

駅員にキスしてもらうために列を成して待っている人々の

それはいつもの冬の朝

直腸検査を待つ人も、直通電話を待つ人も、直通準急、参ります、駅員が直通します、駅員、串刺し、駅員、腕が踊るとき、乗客、串刺し、駅員、みごとな、ダンスで、駅員がすべての乗客を、石にする、駅員が乗客を通過する、あるいは乗客が駅員を通過するとき、石にする、石になれ、石になれ・・・・

石?それとも、意思?遺志?縊死?

ああ、意死なんて言葉を作ってみても いいかもしれない・・・・

わたしたちは駅員によって大きな死から守られる

わたしたちは駅員によって少しずつ小さな死を与えられる

電車に乗っているわたしもご多聞にもれず駅員に抱かれたそれは今朝のこと

自動改札でタッチしたとき 電子音によってわたしの何かが削られた

「朝から頑張ったので自分で自分をほめてあげたい」なんて気持ち悪い言葉が植えつけられた

わたしを抱く駅員の腕

・・・お客さんは臭くないですね お客さんは仕事にゆくのですね お客さん日本人ですね、お客さん体調よろしいですね、ああ・・・・良かった・・・・駅員はあなたが大好きです、ハァ・・・駅員はお客さんを守るのです・・・・駅員がそう耳元でささやくので あやうく急行電車に乗ってしまうところだった・・・

駅員はわたしのどこかを少し殺してそしてわたしはわずかながら生きやすくなる

しかしながら

わたしを抱く駅員のこの腕をどこかで外さないとわたしは生きてゆけないかもしれない

今日はアルバイトでした。朝から仕事なんて今年はじめてです。いろんな職場に非正規で入り、どこにいっても浮いている気がして、なんとなく嫌われているのかなあ・・・と思い悩んだりしますが、行ってみればどこもいい人たちとの出会いがあってほっとします。

わたしの職種は、忙しいときは忙しいですが、暇なときは暇です・・・このところは暇な時間も多く・・・・そんなとき、むかしのわたしなら、取らなくていい電話を取ったり、過剰なコピーを取ったり、大規模な掃除を始めたりするのかもしれません。あるいは自分でその暇な事態を変えようとしてしまうかもしれません(いきなり営業を始めたり・・・・?)。でもこのところ、わたしなりにだいぶ社会性も身につき(???)、要するに大人しくしていればいいのかな・・・と思い至り、自分のPCを持ち込んで資料整理をしたり、棚の整理をしたり、要するに邪魔しないようにヒマをこなすようになりました。そのゆるやかな変化を思うとき、わたしのなかの何かが死を迎えたのだな・・と感じました、そして冒頭の詩になりました。

でもほんとうのことをいえば、職業人としてなにが正しいのか、いまだによくわかりません。一生わからないのかもしれないなあ。

ひとことメモ

●自分の「JFK」って作品で「ヘーゼルナッツのコーヒーフレーバー」という単語を用いたんですがKALDIにそれがあったので買って飲んでみました・・・が、実はあまり好きじゃないかもしれないです。わたしはなぜかキャラメルマキアートが苦手なのですが、それと同じような苦手さです、飲めないってほどじゃありませんが・・・。

ジャスコのヒートファクト(タートル長袖)を気に入りすぎて、シャツを着る機会がありません。シャツで暖かい素材・・・ないかなあ・・・・。

●炭水化物で眠くなるのを逆手にとって、寝る前にはお夜食をいただいております。おかげで最近寝つきがよいですモグモグ。