駅員観察日記(はてな編)

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連結部分は踊り場のよう

右に女性専用車

左に普通車両

始発を待つばかりの東急線

わたしはいま 連結部分で 踊るのを待つところ

女性専用車にひとりだけ まぎれてしまった男性サラリーマン

通りがかった乗務員がそれを見つけ

女性専用車に入り込んで そのサラリーマンに声を

かけている

やがて発車する東急線

右に女性専用車

左に普通車両

連結部分はカーブのたびに はちきれそうな幌のいななき・・・

「まいど ご乗車 ありがとうございます・・・」

車掌の声が ゆるやかに届く

そのとき 

不意に車掌が 連結部分に一緒にいるような 気がした

車掌の身体に 抱かれているような 気がした

連結部分の面積は狭い

そこはまるで 名前を付けられない概念たちの踊り場のよう

連結部分 

それは 女性でない車掌と 女性であるわたしが 握手をしながら 腰を重ねられる ただひとつの 場所なのだ

車掌の制服からほのかにただよう汗のにおいが女性専用車の手前で立ち止まる

連結部分

そこはまるで 分類不能たちが憩う踊り場のよう

にんげんでありながら にんげんでないものが

身体を重ね合わせて体積を節約しながら

重なり合って 暖めあって 寄り添っているのでしょう

きょう ないがしろにされたひと

きょう 見つけてもらえなかったひと

きょう 誰かと縁を切ったひと

車両と車両の間には深い谷間があります 落ちます ご注意ください

ああ、だけど その谷間でしか わたしたちは 抱きしめあえない

連結部分

そこはまるで 1分ごとに上書き保存され続ける 

車掌との 思い出

今日はめずらしく白衣を着る仕事をしました。いつもと同じような仕事でも、白衣を着ると気持ちが引き締まりますね。

夜はDVDで映画「es」を観ました。実際にあった心理学実験を基にして作られた映画で、心理学の勉強にと観ました・・・かなりdeepでしたね・・・。

一般の人を看守役と囚人役に分けて2週間でどんな行動が出るかを実験したのですが、役割に過剰に入れ込みすぎていろんな問題が起こり、結局5日くらいで中断した実験をもとにしています。

看守役の残虐さがすごいです。男性のハダカがいっぱいです!おしっこも、嘔吐も、鼻血も、強姦も・・・・・ぬおおお・・・・ふだん映画をみなれていないので、暴力的なシーンはちょっときついなあと思いましたが・・・。

極限の精神状態というのは、そういった生理現象と紙一重なのでしょうね・・・。

形式的な役割というものが、人の精神も肉体も変えうるということをあらためて実感しました。ひとは入れ物で変わるのでしょう。

わたしも場の雰囲気に溺れてしまいやすいから危ないな・・・・・・・わたしが看守だったら・・・・やっぱり暴行したりしてしまうかもしれないな・・・わたしが囚人だったら・・・ものすご~くへりくだって、可愛がられようとするかも・・・・・わたしが教授だったら・・・やっぱり実験を中断するなんて思いもよらないなあ・・・と思いました。きっと教授も、教授という役割に縛られているのですね。

われらが駅員、われらが車掌・・・・。

この日記の冒頭で車掌とわたしのダンスを描きましたが、車掌も形式的なものであって、中味などないのかもしれません。そんな形式に夢を抱いてしまう自分がいます。「役割」と、「その人なるもの」は、つねに綱引きをしながら、バランスを変え、ときに融合し、影響を相互に与えながらそこに立ち現れます。片方のみが正解ではないし、どのバランスが正解ということもない、そのひとを形作るさまざまな要素は、ゆらぎながら、よりよいバランスを探っているのでしょう。といいつつ駅員の駅員であるところの駅員性みたいなものが、すなわち制服を着てはじめて生まれる何かが、わたしは好きです・・・。

どうもすみません。

自分でも意味のわからないことを書いてしまいました。

夕映えの写真で癒されましょう。