駅員観察日記(はてな編)

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この街の野良猫は太りすぎです

この街の野良猫は太りすぎです

今日はかすかに仕事をしたりしておりました。あと、これまたわたしが悪いのですが、エプ村のレーザーカラープリンタを軽くぶち壊してしまい、修理の方がいらっしゃいました。

エプ村の出張修理は高い・・・・・・・いろいろ中身の交換もした結果、フリーで安い月収しかないわたしの、その月収の×0.8くらいの修理費でした・・・・婚約指輪か?とほほほ。

わたしは先日逢った友人の話を思い出しました・・・・・外国で一日、600ドルほどのヒプノセラピー(?違ったらごめん)を受けて、たましいが浄化されて症状が軽減した話・・・・なので・・・・そうだわ、この、エプ村の、スーツの、若い、技術者に、わたしの魂が・・・いや、肉体が、ネジをはずされ、チェックされ、古い部分は交換され、かるく掃除され、そして「ああ~、駆動しますね、排泄も、スムーズに!」・・・・・癒してくださったのだわ・・・たぶん。

ふと思ったことは、わたしは研究職にあったなら、業績(=論文数)のために研究をするようになるだろうなあということです。じつは今でも少しは、業績欲しさに動き回っていることを自覚することがあります。そういうの、やめようと思ったのに、研究費を獲得すれば、それを適正に使いましたというエクスキューズを求めて活動しているような気がします・・・・しかも業績を出すと誉められる・・・

業績とは、目的なのか、結果なのか、はっきりしないところもありますが・・・だけど 論文を出すこと、それ自体を目標にするってのは、いかがなものだろうか・・・と、疑念を抱くこともあります。論文を出すと、どこかで役立っていると知らされたり、知らない街の方から手紙が来たり、きもちよく有名になったり、うれしいことも多くありますが・・・・

いま、すでに研究職にないので、好き勝手なことを言っておりますが・・・・ほんとうの意味で業績とは「紙」ではなく、たましいとか精神とか・・・・「紙」の手前とか向こうに立体的に時空を超えて立ち上る「何か」なのではないか・・・と思っています。伝えたいのは、わたくしの、おもい、とか、たましいなるもの・・・・・見て、見て、わたしを、見て!

わたしの上司世代の方々は、単に紙だけでない、ほんとうの業績を、どさどさアウトプットしているように見えます。研究職にあってもますます研究意欲が盛んで、ほんとうに凄いなあと尊敬してしまいます・・・・・わたしにはそういうハングリー精神が足りなかったなあ・・・・いちど研究職を離れると、二度とアカデミックポストは来ないといいます。もうわたしにはアカデミックポストは絶対に来ないらしいですが、そんな欠乏が、ハングリーな感覚が、わずかにうれしい・・・・。

ここ数ヶ月、いままで考えたこともない「お金」のことについて、うだうだ考えています。お金がないことが、独特のつらさをもたらすことについて、やっと少し理解しようと思いました・・・その一方、お金があっても幸せでない場合もたくさんあるなあと思います・・ほんとうの生き方とは何か、なんて問題に悩み始めると、ほんとうに苦しいことでしょうし、高収入で生活レベルが上がるのは恐ろしいことです・・・・・・。不足は不足でしんどいことですが、過剰のもつシンドさも実感しています。

わたしは過剰に慣れません。じぶんがなにやら苦しいとき、もっともっとたくさん棄てなくちゃ・・・・・と思います。

それにしても、この街の野良猫は太りすぎですね~。