駅員観察日記(はてな編)

◆ポエトリーアーティスト松岡宮の日々の記録◆このブログはアクセスカウント以外のアクセス解析をいたしません◆LIVE予定、11/4大久保ひかりのうま、11/19難波「音」、11/27神楽坂カグラネ、12/7碑文谷APIA40◆

生きるか死ぬかに関するメモ

生きるか死ぬか という

ナイフのエッジ に 立っている

とき

あるいは それに どのくらい 近づいているか

それにより 思考は変化する

死ぬぅ

自分が死にそうな気分であるときは

世界の調和だとか 先々のことなんて 何も 考えられない

ただ自分だけが生き延びること

ただそれだけしか 考え付かない

わたしの母は

死がちらついた末期のとき

おそろしい勢いで(あほらしい勢いで) CDを買っていた

もちろん天仙液(だっけ?)なども 買い求める

免疫療法だって 代替医療だって・・・・

もう 値段なんて どうでもいい

生きているなら借金しても返しますから

生きてゆくためならば なんでもする

という

エッジに立って

生きるぅ

それは突然に訪れる

毎日の生活のなかでも

あ、なんか死にそう、と、言語化できない、感覚

それは細い道で前をふさぐ 可愛い幼児の姿かもしれないし

暗い道で後ろをつける 足音かもしれない

ぞわり

自分の皮膚が ケバ立ったら

そこで思考は 時間軸を縮めて縦方向に振り切れ・・・

ぶわーんと増強音がする

おそろしい文字が頭に浮かぶ

死ぬ 死ぬ いや、死ね

死ぬ 死ぬ いや、死ね

いま いま なんとかこの いま だけを 乗り切る ためなら

たぶん ひとは なんでもしてしまう

殺させないでぇ

つねに見守りが必要な障害者の介護に当たっているひとは

もしも自分が死んだら なんて 考えられない

いつ自分が倒れてもいいように 準備を整える なんて 考えられない

いま いま いま 死なないように

今日いちにちが必死すぎて

食べ物を調達するお金すらないひとは

これからお金をためてゆくことなんて 思いもよらない

食べて 食べて いま 死なないように

なんで 来月のことなんて いうんですか

来月なんて 考えたこともない

生きるぅ

それは いい でも 悪い でも ない

ただ それは あんがい そばにある

叱責のそばに あるかもしれない

夫婦のあいだに あるかもしれない

死ぬぅ

あるいは

スシづめの電車が止まったときに 急病人がでたときに

非常用コックを開けてしまうこと

きっと それは とめられない

何気ない朝の風景に挿入される死の風景をかいま見た人々は

いま いま いまをかろうじて

生き延びなくてはならない

綿密にくみ上げられた マッチ棒のタワーが

崩れてしまう とき

前髪のカールが取れてしまう

靴下のフリルが取れてしまう

下着がおおいに汚れてしまう

いつも それが そばにいる

わんわんわん

犬とかサルを なぜか思い出す

お母さん、そこに行くよ!