駅員観察日記(はてな編)

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ロマンスカーカフェから実況中継

◆写真はちょっと前のものです◆

今、新宿駅にある小田急ロマンスカーカフェに来ています

のどが渇いたので、コーヒーを飲んでオサラバするつもりが、なにやらあまりに気分が良くなったので、見えるものを描いてみます・・・

さっき、EXEのホームウェイが、カーブをあざやかに発車してゆくさまを、みた。

発車のサイレンが鳴ると、それまで車掌がゆるやかに湛えていた緊張感が、最高潮に、エクスタシーに達する、彼は その小柄な体に不似合いなほどの大声をあげ 扉を締めたあと・・・・

突然 横に 跳ね踊った。

これが これが 車掌ダンス!

小田急車掌は、右に1メートル飛べる生物であったのだ!

タッ カッ ハッ!!とモニターを指差しながら、発車間際の踊る車掌。モニターが三つ横に並んでいるので、車掌のダンスも横踊りなのだろう、もしもモニターがタテに3つ並んでいたら、車掌のダンスは、ホップステップジャンプの垂直とびになっていただろう・・・・

黒い制服に包まれた車掌、そこだけ光をともしたような白い手袋。

ホームに残る シャツの駅員は、なぜだかとても青っぽく見えました、そして赤い旗が、鮮やかでした。

次のロマンスカーも、またまたホームウェイ。となりの客が注文した、甘いパンのかおり。

平日の夜の新宿駅って、こんなに優しいものだったのでしょうか。

わたしが通勤でこの駅を通過していた頃、この駅やラッシュの車内はほんとうに余裕がないように思われ、自分を脅かすもののように感じていた。

電車はつらく、小田急の徐行はつらく、ラッシュはつらく、通過待ちはつらく・・・・急病人だらけで命からがらたどり着く、苦しくつらい場所の代表のように思っていた・・・

だが、こうして駅のカフェでコーヒーを飲んでいると・・・・・駅というのはなんと優しい場所なのだろうか・・・

誰もが、ここに、いても、いい、という・・・・・ざわめきという名の優しい音楽が流れている。そして、女性の声の自動放送と、リバーブのかかった駅員の柔らかな放送。

通り過ぎていた時には気づかないものばかりが、駅の構内にはとどまっている。

そう、本厚木の人間だったころには、わからない、小田急の、駅の、美・・・

わたしは こんなブログを書いていてなんだが 駅員や乗務員が好きなのかどうか ずっと よくわからない・・・

彼らは なんとなく 敵だ という気がしている

敵だから 気になって

敵だから 惹かれてしまう

そんな 気がする

だから ふとした瞬間に それでも同じ種類の人間であると 通じてしまうと・・・自分の身体の境目が解けてゆくような ショックを覚えてしまう・・・

ああ、駅員が 笑ったり 車掌が 言葉をかけたり する なんて・・・

ホームウェイ、という言葉はミルキーウェイにも似て、優しい雰囲気をかもし出す。

やさしさ・・・

写真を撮りたい親子連れが、ロマンスカーの車掌に何かを言った、帽子を貸してください・・・・だろうか・・・・すると、車掌は列車の中に入り、撮影用なのか、別の帽子を持ってきた・・・はにかんだ車掌の なんともいえない いい 顔。

・・・いったいどれだけの人が流れ去っていったのでしょうね。

乗客は形なく流れるもので、駅員はりりしい形を、いただいて、乗客よりはもう少しだけ長く、とどまる。

ここは生きている場所だ、ここは前向きだ、ここは明るく、誰かの「いってきます」を支え、誰かの「おかえりなさい」を支えている、笑顔だって、ゆとりだって、夢だって、未来だって、休息すら、ここにはあるじゃないか・・・・そうじゃないか。

駅員あなたはわたしの敵ではなかったのか。

立ち止まってみないと見えないものがあることを、実感する。

日本でいちばん乗降客が多い駅、新宿の、

日本では中くらいの知名度でしょうか、小田急の、

ひとが流れる 濁流の、いえ、清流の、ただなかで、

小石、わたしも 流れる かたちなく 流れる 

だけど 止まっても いいですよ・・・・・と 

リンドウに似た車掌の背中が告げている

小田急の駅には優しさという風が流れている

わたしはまだ 人の優しさには なかなか 慣れなくて・・・

いま しびれながら わたしは そろそろ ホームウェイへ

家路へ

小田急のもつ なんともいえないエレガントな優しさに包まれたあと、JR東のマッチョな雰囲気も浴びつつ 帰宅しました

小田急の乗務員さん 車掌さん すてきだな~~すてきだな~~夜道でも さっき見た車掌が まだわたしのそばにいて わたしの身体と一体化して 守ってくれているような気がしました・・・ふつうのひとは 親とか 配偶者が そんなふうに 自分を守ってくれる存在なのでしょうか・・・。それとも 思春期の Heroみたいなもの・・・?

駅員とは何なのか、考えなくてはならない時期に来たようです。しかし、マジメに考えるほどに、その輪郭が消えてしまう・・・。

グダグダと読みにくい長文の日記でどうもすみません。