駅員観察日記(はてな編)

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青春とは移動した距離

つくばエクスプレスの運転士。本文とは関係ありません。

井の頭線で電車を待っていたとき

ふと 最近は吉祥寺にも行かなくなったなあ・・と思った

それどころか、あまり新しいところに行かなくなったなあ・・・

とも。

ふと思った

青春と呼べる時期があったとすれば

それは 鉄道による移動距離の多い時期なのではないか

過ぎる駅いくつも数えて

自分の初々しい記憶に駅ごとの風景を 数多く焼き付けてゆく

その色鮮やかな景色が

あとあと 青春と呼ばれる なにかに なるのかもしれない

これまで出会ってきた駅員のことを考えた

これまでたくさん出会った駅員を、わたしは誰一人として覚えていない

幾人もの井の頭線の駅員がわたしのなかを貫通して透明化する

紺色のスラックスが美しいね、エンブレムのシルバーが輝いている、

身体を逸らせて、弓のように美しい駅員、

電車が怖いと嘆く夜にわたしの耳をふさいでくれた駅員もいただろうか

幾人もの井の頭線の駅員がわたしのなかで濃縮され凝縮され

「いかにも駅員らしい」シルエットだけがポタリとわたしに落ちる

永福町で冬風浴びて急行電車を待っているとき

もう、駅員というのはあまりホームに居ないのだと知った

足跡も何も残さず去ってゆくのが「いかにも駅員らしい」優しさだった

青春という変数を鉄道による移動距離で算定するなら

その駅が自分にとってどれほど新しいかを係数として入れなくてはならない

わたしは、より多くの駅員に出会い、そしてそれを捨て去らなくてはならない

純粋な、美しい、「いかにも駅員らしいね、彼って」という駅員を

忘れたくない

から

今日はアルバイトでした。妙に疲れたなあ。帰りのバスで熟睡して気持ちよかったです。