駅員観察日記(はてな編)

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車掌を思うとき、わたしたちはつながっている

車掌さんの見えるカフェ。お茶飲んでたら 車掌が減速しながら向かってきて コーフンしてお茶を噴出しそうになった!

ここ数日は仕事に悩みつつ、仕事関連の本とかブログとかをたくさん読んでいます。

面白い・・・

面白すぎて頭がちょっとパンク気味ですが・・・

わたしはこれまでも書いているように

目に見えないもの を 想定することが とても苦手です

理系出身のせいかもしれないし

あるいは うちの親が 先祖とかを想定しない 家だったせいかもしれません

行動について 成果について いろいろ言われることはあっても

マインドについて 思いのベクトルについて そもそもそういうものがあるという

そんな教育を 受けてこなかったように 思います

・・・わたしの行っていた中学も高校も なんか まるで そういう学園じゃないですし・・(笑)

いや、人のせいとか 環境のせいにしては いけませんね

なにか そういう自分に 決定的に足りないものがあるなあ と思っていたことは 事実です

ですが

目に見えないもの を 根拠に 説得されても

だまされまい と 思ってしまうし

証拠を出せ と 思ってしまうし

だけど 最近 そういう 目には見えない 精神性というか 思いのようなもの

こそが

ひとを動かす原動力になったり

するのだな ということを 素朴に 信じるように なりました

自分自身 それを実感するような 出来事も あり・・・

目に見えない 思いのようなものを 大事にしたいと 思いました

そんなことを思うとき

よく 駅員とか 車掌とか わたしのすきな 「ああいった」かたがた(の姿)が わたしになにをもたらしているのか あるいは 彼らを思うわたしが 何を彼らに出しているのか・・・

ということを 考えます・・・ 

わたし もしかしたら すごく駅員に 性的いやがらせをして きたのじゃないかなあ・・・

わたしのからだ から 出る ニュルニュルしたものが

駅員さんを きつく抱いてしまったり したのかしら・・・

人と人とが 駅で出会う というのは もう 他人じゃないのですね

身体をここで 近接させている というのは あまりにも 共鳴しあう 出来事・・・

車掌さんがそこに立っているというだけで 

わたしには強い風が吹きます

駅員の 車掌の 存在に よろけて・・・

わたしはちっとも気づかなかった けど

車掌を思うだけで わたしと車掌は 激しく 影響を 及ぼしあって いる

 今夜 車掌にそっと抱かれて停車、月の真下で約束をする

 今夜 車掌の背中を抱いて発車のベルで すぐほどかれる

 ほんとに わたしが何かを思うだけで 加害していないと いいのですが・・・

わたしは本当は 悪意や 嫉妬や 虚栄心や 逃げや 安易さ 弱さ に満ちた人間ですが

わたしの身体から その思いに即した色の ベクトルが出ているのが わかる から

わたしは できる限り うつくしいことを 考え 汚いことを 考えないように したい と思いました

行動さえしっかりやっていれば 影で何を考えても いいだろう なんて

もう そんな安易なことを 思わないで・・・

わたしは綺麗な心でありたい・・・・

猫の糞で出来た畑のように・・・・

思いました

でも

エッチなことなら 思ってしまっても

許して~♪