駅員観察日記(はてな編)

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情報のお片づけ

敬愛する梅田望夫さんのブログに、梅田さんの読書法・情報整理法があって、とても参考になったし、うなづけるものがありました。


ひるがえって我が家、自宅は夫の書籍がたくさん積まれて、押入れや本棚をかなり占領しています。

そのうえ夫は本屋に行ってはすぐ本を買ってきたり、図書館で借りてきてしかも延滞していたりして・・・


なんて・・・

わたしも人のことはいえず、本をたくさん買ってしまうので、事務所は本だらけですが・・・


「押入れの奥でごちゃごちゃに詰まれて

整理されず 参照もされない本は ないも同然だよ!!」


なんて夫に言って、夫の本を、すてろとは言わないまでも、

「なんとかそれを整理しよう」という意志をもって欲しいと、つまりは、本に対してちゃんとリスペクトを持って接してあげてよ・・・というふうに説教しています。


「じゃあ、キミは捨てるような本を買うのか?」なんて反論されてますが。


奥で死蔵しているものは捨てられているも同然なのに・・・・・。


年に一度、整理して自分の関心を再確認するという梅田望夫さんの整理法を見習って欲しいなと思いました。

そういえば、いままで接した偉い研究者の先生たちはみな、論文とか書籍の整理がすばらしかったものでした。あれもきっと出版された知に対するリスペクトがあったのでしょうね。


わたしも見習わなくちゃと思います。




あたまの中がすぐグチャグチャになってしまうわたしは、論文を書くときに文献を引用することが

どうも苦手でした。


あるテーマについての先行論文などたいてい山のようにあり、それについてのレビュー論文もあり、

レビュー論文に紹介されている一次論文のなかには入手の難しいものもあるし、たいてい100以上は

あるし、・・・これ、ぜんぶ集めるのかなあ~~~と、途方に暮れていました。


性格的に強迫的なので、全部集めずにはいられないわたしとしては、オンラインジャーナルが増えて

きたことはとてもありがたいことです。といいつつまだ紙ベースで揃えてしまう旧人類なわたしですが・・。


医学論文無料検索PubMedはものすごく昔からあって、なんか当たり前のように使っていましたが

アレを無料で使えるというのはWeb2.0を先取りしていたというか、すごいことだったのだと

最近わかりました。ありがたい時代です。

しかも最近はPDFがゲットできるなんて、すごい・・・。

本当にありがたいと頭を下げつつダウンロードしてます。


そうやって集めたものをどうやって自分の論文に持ってゆくかということで、

最近やっと感じたことですが、論文というのは自己主張が真ん中に骨としてあって、先行論文というのは

その骨にくっつける肉にすぎないということです。


いままでは、なんとなく先行研究ありきで、その渦から浮かび上がってくるものを、自分のデータ

にこじつけているという思考順序だったような気がします。


でも本質的にはテーマがあってデータが取られているのだから、そのテーマに沿うように

先行論文を貼り付けてゆくというそんな順序なのだな、ということに気づきました。


たぶんそんなことは学部生でも知ってる&やってることなのに・・・


いかに受動的にものを書いていたのかと、反省させられます。


そのように考えると、先行論文で自分が使う部分など、ごく一部、一文や1パラグラフに過ぎないものです。

先行論文を保存するときには、「これはこの部分をこの目的で使う」(あるいは、自分の論文で引用しないだろうけど、参考になる論文)という情報があわせて保存されるべきなのでしょう。

自分にとってその情報はどのように用いられるものなのか。

それが大事なのかなと実感しました。




ものごとの理解力の遅いわたしは、世の中にあふれている情報とどのように対峙してよいのか、いつも戸惑っていました。ボンヤリしていた22歳とかで研究テーマといっても、借りてきたようなことしか言えなかったものです。微妙に違和感のある情報に接しても、それをなかなか言語化できなかったり。


36歳になった今、その頃よりは情報との付き合い方がマシになったかな~と思います。それは外の世界についてのみならず、自分はどんな志向性の人間であり、どこに向かって何をしようしているのか、そんなこともあわせて考えるようになったおかげもあるのかと・・・・。


もう研究職というところにはいませんが、研究という文脈に限らず、知らないことを、知りたいという気持ちは、強まっています。


・・・・遅すぎ!