駅員観察日記(はてな編)

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おもいつきん

今日も仕事をしていました。

駅員関係でいい画像ないかな~~と思って、各会社線のサイトを巡っても、なかなかないですね・・・。

小田急はサイトがリニューアルしていました。「小田急のいいところ」みたいなコーナーがあって(うろおぼえ)、なんかほほえましかったです。東急は、いまだに「当社と東横インは無関係です」ってTOPに書いてありました。知ってますって(笑)

★おもいつくまま★

今日もおおいに食べ過ぎました。うかうかしてると口の中に胃の中身がせりあがってきます。生理前はいつも暴飲暴食してしまいますね。

「心理専門職の国家資格に関するシンポジウム」の資料を読み思ったこと。「韓国や中国も心理の国家資格があるのにわが国にはない」と書いてあるのになんで招聘するのはヨーロッパの国々からのえらいひとなんだろうか。韓国とか中国の話も聞きたいと思いました。わたしも英国はすばらしいと思いますが、ここは英国じゃないですし、英国になってほしいとも思わないです。

大地の子」読了。いいものを読みました。

思ったのは、この小説では中国でのものの進め方がわりとあしざまに書かれているのだけど、中国のパラダイムでみたらきっと日本のものの進め方も非誠実な面があるんだろうなあ、ということ。日本の人は最初になにも言わないで、ある日突然文句を言ってくる、いままでずっと我慢してきた、と文句を言ってくる。それなら最初から言えばいいではないか。率直に、そうだ、率直でないのだ、と思われているかもしれません。

精神福祉の世界では「べてるの家」ってのは有名なのですが、医学書院から本が出たから「べてる」は安全パイになって「べてる」ばっかりいっぱい講演に呼ばれるとか、そういうことがたくさんあります。もちろん「べてる」の活動はすばらしいですが、それ以外にもいいところはたくさんあるのに、と思います。

調べよう、調べよう、調べよう。

それに関連して、ある疾患の患者さんをあまり知らないのにその疾患の患者さんに関する研究計画も立てられないよなあ(わたしがそうだった)とか、あとは雑誌で「わたしがうけたがん手術」とかいうコラムはよくあるのですが、その著者たち(コネがある)は「CTは込んでたけど早めに撮像させてもらってがんが発覚した」とか堂々と書いています。コラムを書くようなひとは順序を早めてもらって早く治療できてコラムを書いて、そうでないひとはコラムを書くような機会もなく死んでゆくのかなあ、などと被害妄想にかられてしまいます。

わたしは変人かどうかわかりませんが、わたしの思考をきいてください。

わたしは、リクルートスーツの群れをこれまであしざまにかいてきましたが、少し前まで「ああ、あんな無個性なスーツを着ていて、まだ覚醒していないんだわ、可愛そうに。あんなリクルートスーツで言ったら、就職試験に落ちちゃうんじゃないかしら、だって個性が大事なんでしょう。可愛そうに。個性が大事なのに。」と思っていました(いまはそんなこと思ってません ・・・・)

よく「人の目を見て話せ」ってわたしは言われます。人の目を見て話すなんて、わたしにとっては危険なことです。ひとはそんな危険なことをやりあってるのでしょうか、わたしは目を見て話なんてされたくないです。そんなふうに言われたときには、視線がどれだけ人を傷つけるナイフになるかをもっと知ってほしいと感じました。その感覚は変わらないのですが、さいきんやっと他人は他人のパラダイムで生きてるんだなあーと実感したので、理解を求めようという甘えはなくなりました。でも目線ってのはほんとうにイヤで危険なものです。

ひとを差別してはならない、と小さい頃に教わったような気がするので、なるべく差別をしないように心がけてきました。が、生理的に好きなタイプとイヤなタイプがあるようで、そればっかりはどうにもならないです、すみません。自分にも差別があることを認めざるを得ないですが、差別を持たないってのはほんとうに生きにくいことだろうなあと思います。わたしは敬語も謙譲語も使いたくないです。ひとを分けたくないんです。自分が差別されていると感じるとき、たとえば東急の社員募集が30歳以下というのを見たとき、ひどく寂しい気持ちがします。「ありでしょ、駅デビュー」、そうそうそう、ありですとも、わたしにも!!うふふふ。

成人の日は、母親が無理やりわたしに着物を着せて写真屋で写真を撮りました。わたしは当時、いま以上にいろんなものごとに神経質で、人にメイクをされたり着替えを手伝ったりされることにものすごく拒否感があったこともあり、本当にイヤで不愉快だったので、デパートで大けんかしてワーギャー私がワーワーギャーギャー泣いたり暴れたりしました。写真を撮っておかないと後悔するよと脅されましたが、写真を撮ったことを今でも後悔しているわたしは、母の葬式のあと、その成人式の写真を探しやっとのことで焼却処分しました。いろんなひとが、それが愛だとか優しさだとかいう言葉でいろんなことをするんだけど、どうしてほっといてくれないんだろうって、いつもいつもいろんな場面で思っています。結局いま、ほとんどの分野でフリーとなり、与えられるものが少なくなったので、やっと、やっと自分から選んで何かを出来るという立場になりました。夫も、わたしに無理やり食べ物を食べさせようとしないし、何かを提供しようとしないので、ほんとうにいまは生きているってのが楽しいという気分です。かなり愚痴っぽくなりました。わたしがあんなに求めてやまなかった欠乏を得るのは難しいという話でした。しかし、わたしには宝石のようであった欠乏、そんなもん別にほしくないひとが多いのでしょうね。